悪性腹膜中皮腫という爆弾

悪性腹膜中皮腫という爆弾

私は「悪性腹膜中皮腫」という希少がん

と宣告されてから8回目の春を迎えようとしています。(病歴について、詳しくはこちらからどうぞ↓)

中皮腫の手術から現在にいたるまでざっと書いてみた

横隔膜に悪性腫瘍を残したまま手術を終えた事、手術後の私には知らされていなかった真実。

なぜ、そう決めたのか、

今となっては、両親と絶縁して、夫も当時の記憶が曖昧なため、よくわからない、

「腫瘍を残して閉じた」とは、頑張って手術した私に、伝えるのがかわいそうだ。だから、取りきれたが、目に見えないがんを叩くため、追加治療で抗がん剤をしよう、と先生から伝えるシナリオになっていたらしい

素人知識でしかないが、

助かる可能性が高いのは「手術で腫瘍を取り切る」事、であり、抗がん剤は手術が不可能な場合に限り、投薬するかどうかを決めよう、と考えていた。

セカンドオピニオンでの先生の答えは、様々ではあったが、一つだけ共通だったのは、抗がん剤は「生存期間が5ヶ月程度のびる」のであって、

「寛解(全治とまでは言えないが、病状が治まっておだやかであること)」ではない。それも15〜20%の中に入れた場合において。これはどの先生も一致していた。

7年前の話なので

今現在の医療がどう変わっているのか、その点について、私の知識は「古い」ので、もし悪性腫瘍がPETで確認できるようになった時、改めてその時、担当医に相談して決めようと思っている。

だから私は、腫瘍を手術で取り切る事、

に重きを置いていた。手術可能と聞き、期待を持っていた。

手術後、朦朧としていた頭が、はっきりした頃合いで、先生が手術の結果を、画像と共に説明してくれた。

その時私は聞いた「腫瘍は取れました?」、先生は「目に見える腫瘍は全て取り切ったから安心してね」と。

心から安堵のため息が出た。あぁ、「早くて2年」この壁を超えられるかもしれない。

入院から1週間ほど経った夜、

父が会社帰りに一人でお見舞いに来た。

「体はどうだい?横隔膜に4、5箇所取りきれない腫瘍があって残念だったな。気を落とすなよ」と、励ましの言葉を告げた。

え?横隔膜?取りきれなかった腫瘍?私、先生にも母にも夫にも聞いたけど、3人とも「全部取れた」って言ってたけど…、違ったの?

父に聞いても真実かどうかわからない、と言うより、あまりのショックに、他にも何か聞いてきたけれど、曖昧にうなずくだけ、心臓の鼓動が激しい、

今すぐ先生に確認を取りたい、「顔を見たかっただけだから」と早々に帰って行った父。すぐに、ナースセンターに向かった。

翌朝早くに先生が個室にやってきた

ご家族の希望で、「本人に告げずに退院をし、その後の治療を考えたい。2度の手術を短期間でしているので、せめて希望を持たせたい」との事だった。

術後、抗がん剤治療をするのがベストだと考えているので、ご家族の希望に添って、「取りきれた、と言ったの。そう、実際は横隔膜に残っている。私が手で触って確認しているから、確かな事。

横隔膜の腫瘍も、とって欲しかった、

もう一度手術をして欲しい、と訴えた。

先生は、横隔膜の腫瘍をとる事は、QOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)が下がるから、

それよりも抗がん剤で叩く方がいいと判断した。だから、3度目の手術は無いのよ、と。

そうならば、家族で意見を統一

しておいて欲しかった。私は、父から聞くまで、心底、開腹手術をしてよかったと思っていた。

人生に「希望」を抱いても大丈夫なんだ、安心していいんだ、だって、目に見える限りの腫瘍は、私の体に無いんだから!と。

事実は、私の体内の悪性腫瘍の数が減った、が正解だった。

「全て取りきれた」と「ほんの少し残った」

少しだろうが、多かろうが、残ったのは悪性腫瘍だ。しかも、決定打の治療薬のない、希少がんに分類される、「悪性腹膜中皮腫」

尚且つ、治療方法すら確率されていない、「中皮腫」。そして由来はアスベスト(石綿)だと言われている。(くわしくはこちらからどうぞ↓)

アスベストと中皮腫と抗がん剤の種類

絶望が重なり、麻痺していた私は、

午後母が見舞いに来る頃には、すでに気持ちを切り替えていた。そうだ、「今」ではなくて、数ヶ月、1年後、に聞くより遥かにマシだ、と。

先生は、私の今後を考えて、最大限ベストを尽くしてくれたのだ。感謝の気持ちに変化はない。

そして「私に希望を持たせてあげたい」、この気持ちも「愛」からきた本物だ。そして、体内に悪性腫瘍が残っているのは、両親や夫や先生のせいではないのだ。ここに登場する人たちが悪いのではない。

事実は、この世にアスベストという物質があり、

吸い込んだ私の体内で、癌化した。これだけの事。思うことは、たんまりとある。

しかし、全ては私の「身体」に起きた事に過ぎない。治る薬もなく、痛みをコントロールするのが難しい「がん」に罹患した。ただそれだけが事実だ

体内に、爆弾を抱えている。

なんて言ったら大袈裟だろうか。

病気が発覚して、約7年、爆弾の存在に、気がつかないフリをして生きようとしてきた。

「今」を大切に、生きる。

それだけが私の人生の目標。生きる意味を持たせる理由。

「明日」を考えない生き方で、無理やりにでも生きていく。

「今日限定」なら、ビビリで弱い自分を、誤魔化して、笑顔でいられる自信がある。未来を希望せず、常に一期一会で「今日」を生きる。

「今日」が7回つながれば、×4セットになれは、「1ヶ月」になるからね。

そうやって、気の弱い私は、「期待をしない」「今日を楽しむ」「一期一会」、を忘れないように、笑って「今日」を楽しみ切るのだ。

笑い合えるのは、幸せな証拠。楽しみを分かち合えるのは、至福の時。

by 中皮腫患者 mochi