解毒は済んだ、次はがんとどう向き合うか

解毒は済んだ、次はがんとどう向き合うか

日々を、楽しく生きること。

人との関わりの上で、楽しいだけではなく摩擦が起きるのは仕方のないこと。摩擦が起きたときの解決の仕方に、その人らしさが出るのだろう。

それは夫も子どもたちも私も一緒。

だからこそ、せめて家では、個々の意見を全部優先させてあげたい。外で頑張っているのだ、家の中はみなが平等に自分勝手でいられる場所であってほしい。

可愛らしい自分勝手を、

ほんわか眺める幸せ、それが私の日々楽しく生きることなのかもしれない。

ガッツリお肉が食べたい、手巻き寿司が食べたい、ちょっと美味しいお酒が飲みたい、うん。うん。いいじゃん?

そんな可愛らしい贅沢など、喜んで用意をさせていただこうじゃないか。

貴重なのだ、一つ屋根の下で

家族四人が同じご飯を食べること。大切なんだ、夫と話をしながらのんびり散歩すること。

常に「今できること」は今でしかないこと。だから、自分の作業を止め顔を見て話せることは、たまらなく幸せだ

「なにもしない時間」

「のんびりダラダラする時間」を私は、父と母に費やしてきた。

家族を巻き添えにし、実家では、やることもなく、かと言って帰りにくく、テレビに意見する両親の話に相槌を打っていたのだ。

今は、何もせずダラダラみんながリビングでモバイル片手にのんびり過ごしている姿を見るのが、最高に嬉しい。

いつかここから巣立っていく子ども達、

いつでも帰れる場所を用意しておくよ。家は密室ではなく、安全な場所。やっぱ家はいいわー。と聞くとしみじみ嬉しくなり泣きそうになる。

そう、私が求めていた家庭は

これなのだ。実家はらくで落ち着く。私が手に入らなかったのなら、私が築けばよかったのだ

やっぱりシンプルに考えるのが正解なんだね。

すべての物事、知らないことは

恥ではない。知らなければ学べばいいだけなのだ。失敗しても、次に生かせればいいだけのこと。

私は、毒親家庭の違和感を疑問に思っていた。知りたいと思った。だから「毒親」という、言葉は強いが意味がわかり、なるほど、と納得した。

そこから枝葉を広げ、家庭そのもののあり方について情報を集めた。

だから自分の置かれている状況を既に15年ほど前には把握できていた。母の癇癪へつながる思考回路も。

しかし、理論上の理解と、

洗脳されている感情の支配を解くことは別だった。

やはり「親」だから、この言葉に縛り付けられ、わかっているのに身動きが取れず、悶々と悩み月日だけ過ぎていった。

悪性腹膜中皮腫(希少がん)

とわかってから、本気で人生を考えざるを得なくなった。「余命」なんて言葉を私自身に使うだなんて思いもよらなかったから。

でも、罹患したことは変えようのない事実。なんなら、耐えることに関しては毒親育ちは強いよ。嫌なことを受け入れ生きてきたサバイバーなのだから。

私はやはり「毒親サバイバー」、これがしっくりくる。

がんに関しては受け入れた、と表現するのがぴったりだ。

経過観察の期間が

長いのは幸せだけど、はやり、いつかは?という思いを抱きながら暮らしている。

実情、悪性腹膜中皮腫に効果のある治療薬は、絶望的に少ない。

それすらも効果のある無しが、やってみなければわからない、奏功率も15から20%。痛みに関してもそうだ。なかなかコントロールが難しい。

なので、がんに関しては、

悪性腫瘍が目を覚ましたとき、再び治療の選択、つまりは命の選択を「私」がしなくてはならないとは、覚悟している

少ないカードの中から、そしてそのカードすら、あたりとハズレがある選択。

こればかりは、私の努力でどうすることもできない。この先何か新薬ができたら、奏功率が上がれば、そう願うことしかできない。

ただ、選択するにも

情報がなければいけない。きっと本能が「動け」と命じたんだと思う。今の気持ちはがんを知り、学ぼうと思っている。自分の体なのだから。

毒親から解毒した時のように、知らなければ行動に移せないのは一緒だろうから。

世界中に、悪性中皮腫を研究

してくださっている先生方がいらっしゃる。

とてもありがたいこと。全ての病気全般に言えることですが、医療に携わる方々がいてくださるおかげで、私は治療がうけられるのです。

尊い志に尊敬しかありません

手術が不安だった私を、励ましてくれた先生や看護師の方達。今思い返しても感謝しかありません。

先生方はやはり前を向いているのだ。

厳しい現実も伝えなくてはいけない。日々が決断だ、そう思うと感謝しかない。

治療をしたから、今がある。救っていただいたのだ。だからこそ、この命を私のためだけに使いたい。やはり答えはシンプルに。

私は家族を最優先に生きたい。

それこそ、死に物狂いで、

幼かった私を、血の滲む思いで、自らの足で歩かせるまでに、成長させたのだ。自分を自立させ、社会へ向かわせたのも、自分だ。

そして、築きたかった家庭を築けたんだ。よくやったと思う。そして家族もよく耐えてくれたと思う。やはり感謝しかない。

やっぱり私は毒親サバイバーだ。頑張った自分を褒めてあげたい。

そして世界中の医療従事者の方々の、尊く清らかな志に、感謝の気持ちを忘れず、明日も「今日」を大切に生きます。

by 中皮腫患者 mochi