いつだってキーマンは毒持ちなのだ

いつだってキーマンは毒持ちなのだ

キーマンは毒持ち、これ本当

私の約半世紀の話を綴ってきたけれど、それは「対毒家族」との間の話である。(よろしければこちらを●

毒親による独断と偏見に満ち溢れた「一般常識」を、「普通」と誤認しながら生きてきて、恥ずかしい思いや、他者からの言葉に傷ついたり、傷つけたりしては、

どうしてうまく行かないのだろう、どうして理解してくれないのだろう?という「どうして…どうして…」という私自身の気持ちに翻弄された半世紀でもあるのだ。

そしてこれは今もなお続いている。

毒親と絶縁をした2017年、私は複雑性PTSDと診断された。それから今日まで治療を続けている。私に残された傷は「阻害薬をずっと飲み続ける」事。

あの日、病院に行って本当によかった。

心療内科や精神科に対し、毒父も毒母も、偏見の塊の典型な人たちであるから、

「過去の子育ての結果により『トラウマ』に苦しみ、取り除くには『毒家族と絶縁しかない』と今更、子育ても終わった46歳の娘に言われても…一体お前は何を誰に吹き込まれたのか?」

といった具合である。

そもそも私の苦しみを理解できない

今更なんで?意味不明、理解不能といったところだろう。毒親はその価値観で80年という年月を過ごしてきた人だからね。

心療内科など、心の弱い人の言い訳のための病院だ、診断書などお金を払えば好きなように書いてくれる、と言った偏見しか持ち合わせていないので仕方がない(笑)。

それでもいい、だって私は確実に「阻害薬」で救われたのだから。その事実を私が知っていればそれでいい

私は絶縁前より、遥かに「生きやすく」なったのだから。これも私が知ってさえいれば良い事だ。

でもね、すごいんだよ、

毒親と絶縁をし、治療を続けている今、明らかに「心が健康」なんだ。不思議だけど本当にね。

毒母の態度が不安な夜も、毒父の怒鳴る車内の苛々も、毒兄と顔を合わせようと強要する毒親も、毒兄に対する嫌悪感も、

これら全てが、今の私の人生に入り込んでこない素晴らしさ!不安と焦り、胃の痛み、寂しくて眠れない夜が、格段と減ったのだ。

フラバに翻弄される夜あるけれど、でも新たな「嫌な思い出」が増えないのが救いだ。それだって私にとっては素晴らしい世界なんだ。

心の傷の痛みや深さについては

「本人」にしかわからない。けれど心に痛みを負った事実に「寄り添う事」はできると思う。毒親になかったのは、この違いだろう。

だから私が決死の覚悟で「事実を打ち明けた事」は、「今更」言われたってどうすることもできない、だから「水に流せ」という「解決案」しか出せないのだ。

だって痛みに寄り添うのは「娘である私」であって、優しくされるべきは「年老いた両親」なのだから。

愛情で繋がって、思いやりや優しさ、温もりのある家族だったら私も年老いた両親にこんな仕打ちはしてなどいない。当たり前だ。

そうじゃないから、苦しんだのだし、フラッシュバックと戦わなければならない人生なのだ。

他人はいとも簡単に言う

「親なんだから許してあげたら?」「あなたからの連絡を待っているわよ」とね。

この言葉に苦しむ人がいる、これを知らないのだなぁこの他人は、と思う。

まぁ、世間話的には面倒だから「親と普通の付き合い」をしてる体で話を合わせて終わらせてしまうけど。理解できない人と話し合うのは無駄なのでね、さぱーと、ほわーとね、流してます。

毒親育ちの私の悲しい必死さ

とにかく「負の連鎖」を止めたくて、子供に同じ思いをさせたくなくて、何が正解かわからないけれど、必死に情報をインプットして子供と向き合って生きてきた。

答えは子供たちがいつか出すのだろう、だから私はわからないまま。きっとそういうものなのだろう。

先週、上の子が寮へと戻っていった。私が母でよかったと屈託のない笑顔で肩に手を置き言った。今週下の子が、一つ試験を終えて帰宅し、ハグをされた。「ありがとう」と。

二人とも大きくなったね。こんな母なのに、こちらこそありがとう。(本当は幸せすぎて100回くらい夫に自慢したけど)

これを愛と呼ぶのかな、

温かい気持ちがぽこぽこ湧き上がり、この幸せを子供たちにお返ししたい、嬉しすぎて泣けてくる。

本当に、本当に、ありがとう。

ここにくるまで、夫と子供と私の四人の家族が愛と温もりと優しさだけで過ごせてきたわけではない。リアルはやはりそんなに上手くは行かないのだ

だって私は毒親育ちなのだ、

当然私の中にも毒が居座っていた、それに気がつけて、初めて私たち四人は「心で繋がった」のだ。いつだってキーマンは「毒持ち」だ

子供に向ける代わりに「夫にきつくあたる私

気がついたら、私は毒父にきつく当たる「毒母」のようになっていたのだ。残念だが毒親育ちあるあるだ。

子供に毒を向けたくない、毒親に逆らえない、私の心の毒は全て「夫へ」向けられたのだった。

毒親と絶縁し、心療内科に通院

すると次第に心が落ち着き始めた。

私の感情の仕組みをちゃんと理解したからかな?夫への苛立ちは本当は「毒親への怒り」だった事。そして問題は私にあった事を。

あぶなかったよ、家族がバラバラになる可能性があったんだ。しかも原因が毒親で、だ。そんなの悔しすぎて嫌だ(笑)。

できれば再び過去の二人のように仲良く出かけたい、私が原因だと気がついた、だからもう一度やり直すチャンスを欲しいと、正直な思いを夫に伝えた。

今でも疲れている時言葉がキツくなりかける日もある、「なりかける」がポイントなのだ。セーブできるようになってきている。

もう誰も傷つけたくないし、

傷つきたくない。毒のあるあの歪んだ場所に二度と戻りたくない。私を好きと言ってくれる貴重な人を大切にしたい。

だからね、毒親と絶縁して「私が得をした」事を、私が知っていれば十分かな、と思っている。

家族四人で笑い合えて、お義母さんに守られて、毒親から解放されたのだ。ほらやっぱり私得なのだ

今も不完全な私だけど、私なりに精一杯家族に愛と感謝を伝えたい。夫と子供たちが幸せに生きてくれたらそれだけでいい。

もうさ、一生分以上の毒を浴びた気がするからね

もういらない(笑)

by毒親育ちmochi