毒母のようになりたくないとい呪い

私は母と共依存状態である自覚の
無いまま結婚し出産をした。
母とは「喧嘩もするけど仲良し親子」と本気で信じ疑わなかった。
実情は母が常日頃、私に浴びせて続けてきた、
- あなたは恵まれているの感謝しなさい
- 怒らせるあながた悪い
- あなたが素直なら私は怒らない
- 理解のある母親で良かったわね
- 普通の家庭は行かない店に行かれて幸せなのよ
等々の「恵まれている娘」という「洗脳教育」の賜物にすぎず、
20年ほどかけじっくりと、
- 母の側にいると得をする
- ラッキーな親元に生まれた
- だから離れるのは損
- 不安な思いをせずに済む
そう叩き込まれていただけ。
偽りを誠と、あなたは恵まれているという嘘を、私は幸せなんだと信じ込む事で、母と依存状態でいる事が幸せだという刷り込みを、延々されていたにすぎなかったんだ。
自分が母親になってみて、
なぜ「こんなにしてもらっている」のに、私は母が怖くて気を使うのだろう?
過去に沸いた猜疑心が再び溢れ出し、両親がおかしいと本格的に思い始めた頃、偶然書店で『毒になる親』スーザーンフォワード著を手にしたのだ。
あの頃はまだ「毒親」という言葉は浸透しておらず、私はタイトルに惹かれた。
親への違和感、理不尽、確かにお金はかけてもらってる、でも苦しい…そう『毒』という言葉はこの感情を言い表してる、そうストンと当て嵌まったのだ。
出会ったのは15、6年前だった、上の子が幼稚園の頃と記憶している。
泣きながら読んだ、何度も読んだ、自分の親に当てはまる章を繰り返し読んだ。(過去に竹三長女に貸したらめっちゃ納得してた…)
親への違和感は確信に変わり、
それからの私は必死で「心を育てる子育て」の本を読み漁った。負の連鎖を止めたくて。
『母のような母になりたくない』
自分へ科した、深く深い呪いの言葉。
あれからいろいろあったよ、ざっくりだね(笑)(毒親と絶縁に至る私、絶縁後の毒親の反応は。)
複雑性PTSDの治療も続け、絶縁した私が親不孝な娘なのではなく、
「誤った母性」を持った親の元に生まれた私が不幸なのだと自己を肯定でき、ずいぶん心穏やかに過ごせている今日この頃の私だ。
私は『毒母』ではなかったのだろうか、
あの子たちの心に暗い影を落としていないのだろうか。
何度か言っている。何か心身の不調があったら迷わず心療内科に行こう、私があなたたちを苦しめた可能性が十分すぎると。
一昨日、受験も終わりソファでまたーりごろーりスマホを見ていた子供②が言ったの。
小学生の時、本当に勉強が嫌いだったんだ、と唐突に。
なんで受験しなくちゃいけないのかわからないし、塾行って怒られて、家でもおかーさんに怒られて、本当につまんなかったんだ。(毒親と契約と学費と命、天秤で測れる?)
(※ちなみに子供②は、本当にお勉強が嫌いでした、もーれつに。だけどね私のがんの余命があってね、私が死んだ後は毒母に頼むのかと思うと、その方が後に子供たちが不幸になる確率が高すぎてね、ごめんよ子供②よ( ;∀;)※)
でもさ中高楽しかったし大学も上がれたし、あの時受験させてくれて感謝してるんだよ?これでも一応。
ありがとね、おかーさん。
とふいに言うからびっくりしている所をさらに畳み掛ける子供②、(恐ろしい子←月影先生風味)
おばーちゃんと会わなくなってから、おかーさん変わったじゃん。だから良かったなって本当思うよ?
子供①とさ昨日電話してたんだけど、おとーさんとおかーさんに感謝してる、親ガチャ悪くなったねって話してんだ♪
といきなりぶっ込んできたからパニック!!!嬉しいし、信じられないし、オロオロしてる私に飛び込むパワーワード「親ガチャ(笑)」
感謝されるような母親じゃなかったよ?
八つ当たりも意地悪も怒鳴りもしたよ?それにね学校に行く事は感謝しないでいいの、子供②の当たり前の権利だと。
そしたら子供②が、でもさ本当にお母さんがお母さんで良かったって二人が思ってるんだから、別にいーじゃん♪
それにさ仕方ないよ、あのおばーちゃんだよ?と。
子供②は私が希少がん患者である事を知らないの。だから「大学付属校」に拘って受験させた真意を実は知らず、私をただのお受験ママと思っていらっしゃるのです。
なので、お受験ママも楽じゃないねぇ、みたいなテンションで話してくるんで、笑いを堪えるのが大変でした(涙)♡(やっぱり恐ろしい子)
子供①は言っていた、
お母さんが絶縁前のままだったら高校卒業と同時に家を出ようとも思っていたけど、お母さん変わったじゃん?だから家が居心地が良くなって気がついたら、家を出ようと思わなくなってた。
あの子は私が希少がん患者である事を知っている。なんなら私のがんのせいで、毒母に傷つけられてすらいる。(毒親は孫にまで毒を吐く)
子供①はある学部への進学を希望し、第二志望の大学へ進学するため昨年から寮生活をしている。
浪人も経験した、再度チャレンジしていいんだよ?と言ったけど、進学したいと澄んだ目できっぱりと希望を言った。
あの子は言う、心配しないで、ちゃんと戻ってくるから生きてるんだよ?と。
あの子が電話をかけてくる、たまにはゆっくり話しましょうか?と。
子供たちの優しさに救われてばかりだ
私はあの子たちから「無償の愛」しかもらっていない。
あの子たちに許され、愛され、生かされていて、感謝しかないのだよ本当に。
ごめんねポンコツ母で
しなくていい苦労をさせてしまった
なのにあなた達は許してくれる
寛大な心で
深い愛で
あなた達が私を母と思ってくれる
信頼を裏切らぬよう
日々学びを忘れず
成長し続けたい
ありがとう
大好きだよ子どもたち♡
by毒親育ちmochi
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