自分の親が毒親、毒母と感じるまでには

自分の親が毒親、毒母と感じるまでには

圧倒的「理不尽」な教育をされてきたはず。

私はどうやって毒親だと気がついたのか

叱る基準がコロコロ変わる、親の予定を優先しないと、食事やお小遣いなどで締め付ける、毒親家庭で育った人には「あるある」なことだけど、程度の差こそあれ「理不尽」に変わりはない。

言うことを聞いても、隠し切れない子供の発する「嫌そうな態度」を敏感に感じ取り、言うこと聞いたのに、不機嫌になり怒られる、あるいは家庭内で無視という仕打ちをされる。

私の場合は、ピエロ役だった

場の空気を和ませるために進んで「笑われ役」を買って出る。

母が苛つき、祖母を無視したり、父を無視したりすると、食卓には子供は私一人なので、懸命に間を取り持とうと「おどけて」みせるのだ。

でもね、

それは母が精神的に未成熟だから、

だからこそ毒母なのだと、今は思っている。

母の行為は駄々をこねる子供と何ら変わらないのだ。

「こうしたい」「こんな家族と世間に思われたい」「頭のいい子供が欲しい」「自慢できる経歴の人と結婚して欲しかった」「羨ましがられたい」「母の兄弟の中で一番幸せでありたい」、あげればキリのない、「ないものねだり」のオンパレードだ。

面倒なことは「ふと」突然「不満」が湧くのだ

例えばトイレの電気を消し忘れたのを見つけた瞬間に、

電気の消し忘れの注意が、だんだん前回叱った内容、さらに過去、さらに習い事をしていた時の過去にまで遡っていく。

そして、怒りをぶつけている毒母自身、ヒートアップし車輪が坂道を転げるように、怒りを増殖し、収束の仕方を知らない、

いつも、怒るだけ怒り、いきなり母の「気が済む」のである。そこで話は強引に終了。「今度から気をつけてよね」と吐き捨てる。

そこまで1時間から長いと3時間、延々と怒り罵るのだ、すごいパワーだが、こちらはもはや、トイレのスイッチで怒られてるのか、過去の習い事がいけなかったのか、疲れ果て、

過去のことなら、すでに何度も謝っているではないか、と不満だけが残る。

要するに毒母は駄々っ子なのだ

スーパーで寝転がって「買ってくれ」と大声で自分の要求を訴え、叶わず怒って駄々をこねているに過ぎない。

母のことばかり書いているのは、やはり父とは一緒にいる時間が少なかったから。じゃあ、父は毒父ではなのか?と聞かれたら答えは「ノー」だ。

父もまた「見てみないフリ」を決め込み、逃げたのだから、同罪だ。

両親は本当に言葉の選び方がひどい

卵巣嚢腫から悪性腹膜中皮腫と、短期間の間に二度手術をした娘に、毒母は「私手術なんて怖くて絶対に嫌」、

毒父「今回の健康診断もどこも悪くなかった、すごいだろ、がんになる心配はないな」と、笑顔で私に「普通」に話を向けてくる。

理解不能である。

だから私は一つ、自分の中に基準を設けた。

簡単なことだ。同じ言葉を、友達に「言われたら」付き合いをやめるかどうか。

それからも相変わらず、毒父に毒母に、いろいろな心ない言葉の暴力を受け、傷つきはしたが、基準に従い、両親を観察し、あくまでも冷静に出した答えは、

父も母も未熟だ。

言葉こそ立派なことを言う

それこそ親の大きな愛情を、それこそ悲しい事件に胸を痛めたフリを、そして親としてこれだけした自分たちは立派な親なのだ、と。

残念ながら、両親が語る立派な言葉は「使いまわされた」「よく聞く言葉」であって、決して彼らが実践し「経験値」から「子供を思い」溢れた言葉ではないことも、わかってしまった。

時間はかかった

上の子供が4歳の頃に「毒になる親(スーザン・フォアード著)」が本屋さんで目に留まり、「子供が育つ魔法のことば(ドロシー・ロー・ノルト、レイチャル・ハリス著)」、「アメリカ・インディアンの教え(加藤諦三著)」やコーチングの本、

私にもまた、モデルケースがないので、育児書を片っ端から読み、一つの結論にいたった。

両親は毒父と毒母である

未成熟な、大人になり切れていない人に私は育てられたのだ、

大人とは、自分自身をコントロールし、周りを不快にさせない配慮のできる人を指すのだ。

我が子をいじめる子供と無理に付き合わせる意味が存在しないように、家族をいじめる毒父と毒母と無理に「家族のふり」に付き合い続ける義務など何もないのだ、と。

アラサーまでかかってしまったが

たくさん本を読み、情報収集をし、子育てに生かすつもりで読んでいるのに、いつの間にか私の両親の問題に当てはめて読んでいた。

私もまた、「ゆがんだ家族」という狭い世界で生きていて、未成熟だったのだと。

まずは、自分の苛立ちのコントロールから始めることにした

行うのは、毒親育ちには厳しいが、至って簡単。嫌な人と付き合わない(もちろん毒親含む)

不安や苛立ちを感じたら、「原因」がなにか、これを突き止める。

これは結構大事な作業だ、繰り返すうちに、不安や苛立ちに変わる前に「原因」が見えてきた、ここまでくればしめたもの。「原因」に近づかなければいいだけだ。

心が疲弊しすぎて

何もできない人も多いと思う。後述しますが、心療内科も一つ視野にいれておくのは大切です。

長期間、家庭内において虐待された子供の脳は、正常な家庭の子供より活動視野が少ない、という研究発表もあるそうです。

その場合、自力でどうにかするのは、自分でさらに自分を追い込むことになるでしょう。

毒父、毒母である両親は、心療内科とは「怠け者」が「病名」をつけてもらいにいく所、といった強い偏見があります。それは現在もです。

しかしながら、

洗脳が解けやっと「人間」になれたと感じている私からすると、

あれだけ不安や怒りをコントロールできない母です。毒母といわれてしまっているのです。

母こそカウンセリング、もしくは心療内科で状況を聞いてもらえたら、ずいぶん心の負荷がなくなるんじゃないかな。

生きるのが楽になるんじゃないかな、と思えるほど、頑なに岩のようにゴツゴツと生きているように思えます。しんどいんじゃないかな…

絶縁宣言からまだ3年です、春で4年目に入ります。

春はがん告知に絶縁宣言と、心を乱される季節でもあります。

離れざるを得ない家族がこの世に存在することを、理解を求めるつもりはありませんが、知識として知っていて頂いけると、毒親育ちにも生きやすい世の中になります。

いろいろな人がいてこそ「世界」なのだと思います

人を非難することは簡単ですが、受け入れるには「理解」が必要です。だから私は「知る」ことが好きなのだと思います。

知って理解することで自分の世界がちょっと豊かになるのが単純に嬉しいのです。

by 毒親ちmochi