毒親との決別は、苦渋の決断だ

毒親との決別は、苦渋の決断だ

絶縁宣言から一年経った春の頃

夫の務める会社の代表番号に伝言を3回残した両親。4度目の電話に夫が出た。(絶縁から電話に至るまで、詳しくはこちらからどうぞ↓)

絶縁から半年後、毒母の手紙がポストにインしてた

前置きになるが

絶縁をした「傘寿春の乱」の後、母と2度接触があったことを心療内科の先生に伝えた。(傘寿春の乱、詳しくはこちらからどうぞ↓)

私から毒親を捨てた日

先生曰く、私は「複雑性PTSD」であり、兄が帰ってくることにより、フラッシュバックが起きた。

母が、「もう一度兄に聞いて確かめる」これは「言えなかった、怖かった」つまり言うことが出来ない親子関係だった、が正しい回答である。

「ならばずっと黙ってればよかったのに」これら母親の発言はセカンドレイプに値する

「兄と接触してはいけない、母と接触してはいけない。診断書を今すぐ発行してあげたいほど聞くに耐えない酷い状況だ」

というのが、先生の答えだった。私はその日「診断書」を発行してもらった。

前置きが長くなったが、要点は「診断書」と、私が「心療内科に通っていることを知らない」この2点。(病気の診断の詳細はこちらからどうぞ↓)

複雑性PTSDという病名

夫と父が電話をした日の夜

帰宅した夫が「電話で済む話では無いから、今から実家に話をしに行こうと思う。どうする?話したい事もあるんじゃない?無理じゃなければ、一緒に行く?」

それは出来ない、実家の「玄関」「廊下」「リビング」脳内再生しただけで、心が「無理」と拒絶反応を起こす、発作の前兆。

夫が、診断書のコピー(念のために用意してあった)、薬ケース(A4サイズの、朝昼夜就寝前×7日)を持ち、一人実家へ向かった。

ここから先は夫から聞いた話

私が一方的に「絶縁」をし、その後夫から何かしらのアクション、もしくは、仲裁を期待したけれど、夫も娘も、なしの粒てだ。孫たちも寄越さない。一体どうなっているのか?(毒親あるある、上からの物言い)

夫が、診断書のコピーを渡し、現在飲んでいる薬ケースを見せた。

「今、妻は心療内科に通い、フラッシュバックに悩まされ、これだけ薬を飲んでいます。診断書に書いてある通り、ご両親とお兄様に、今後会わせる事は出来ません。それが一番の治療だからです。

私は妻の家族であり保護者です。妻を守る立場です。ですから、家族の総意で絶縁いたします。

母「心療内科の診断書なんて、お金さえ払えば好きなように書いてくれるんだから、こんなのあてにならないわよ。

夫「これだけの薬を飲んでる事実を見てもですか?」

母「そんなの、あんたたちが何も言わないから、心療内科に通ってるなんて知らないんだから、わからないわよ」

まあ、案の定、そこから先は、

毒母も、毒父も、威嚇するかのような大声だったそう。

誰のおかげでここに住めていると思っているのか、娘はともかく孫だけでも寄越すべき、親(私)は関係ないはずだ、

私は新築の家に一度も済んだことがない、リフォーム代を援助してほしい、と実家(母方の祖母)に頼んだが断られた、それがどんなに惨めだったかあなたにわかる?(新築の件、くわしくはこちらからどうぞ↓)

母の毒っぷりの加速と、解毒、解放へのはじめの一歩

まとめると、費やした費用に対する見返りが無い、孫が来ない、ここが一番言いたい事だったようだ。

それで思い出した

一度母から電話があり「解放してくれ」と伝えた時、

「あんたも来ない、孫だってきやしない、こんなことなら、孫なんて、いてもいなくても一緒じゃない」と叫んでた。

母はいつも「それを言ったら関係性が終了してしまう」言葉を、容易く「暴力」的に投げつけてくる。

娘が大切、娘なんて役に立たない。孫がいて幸せ、いてもいなくても一緒。

家の頭金にしても思うのだが

確かに頭金の一部は出してもらった。しかしその後10年以上ローンを返済しているのは夫であって、母ではない。

ボーナスが出ると、母に、「少ないけれど、何か好きなものがあったら使ってね」とほんの気持ちを渡していた。これは感謝の気持ちではないのだろうか?

その後、子供①が母と出くわした

「ママが、なんだか知らないけど、気に入らない事があるらしくて、怒ってるから、孫にあわせてもらえなくて、おばあちゃん可哀想でしょ?」と言ったらしい。

子供①は「おばあちゃんも、母(私)の気持ちを考えてあげたら、少しはわかるんじゃない?」と告げ、立ち去ったとの事。

傘寿春の乱から一年

家族総意のもと、夫が代表し「絶縁宣言」をし、私の気持ちをはっきり告げた形となり今に至る。

まぁ、その後もポストインやら、街で出くわした毒父に「おい!」「おい!」と怒鳴られたが、夫と二人で華麗にスルーをした事など、

なんやら、すこーしの接触事故はあるが、それを省けば、至って平和。願わくば、このまま毒母、毒父、毒兄の記憶から私を削除して頂けたら幸いだ。

決して、両親の全てを否定するわけでは無い

しかしもう、言葉の暴力に疲れ果てた。言葉だろうが拳だろうが、暴力は全て「しつけ」ではなく「虐待」だ。そして虐待は犯罪なのだ。

毒親育ちの辛いところは、「親を否定する」「非常識」で「未熟な大人」と、たしなめられる「世間」の声だ。

実際に同じ環境で育っても同じことを言えるのか、疑問だが、理解して欲しいわけではない。理解できないのなら、放って置いて欲しい、ただそれだけ

これは親子喧嘩ではく

苦渋の末の決断に基づいた、自分を生きるための、覚悟の「決別」なのだ。

同じような環境といっても、十人十色だろう。でも、親が辛いと思ってい生きている人は「あなた一人」じゃないよ、

伝わるといいな…自分を生きれるますように。

by 毒親育ちmochi