娘を拳で静止しようとする毒父

やがて私も就職をした
「母の紹介」する会社へね。
就職をし、残業の日もある。これがまた、母の心を刺激する。
「仕事を言い訳に遊び歩いているんじゃ無い?」とね。
さっさと夕飯を食べ、お風呂に入って眠りたい、と思い帰宅するが、待ってました、とばかりに母が「本日の愚痴」を添え夕飯を温めてくれる。
さあ、明日も仕事だ、寝て備えるぞ、と横になる頃合い、母が私の部屋をノックする。
「ねえ、聞いて…」と
吐き出し足りない愚痴を言いながら入ってくる。疲れながらも「うん、うん」と愚痴を聞く私。寝落ち寸前、でも頑張る私。
なぜか?聞かないと愚痴で済まなくなるから。
「お願い、明日も仕事があって眠りたいの」と言った事があった。
その瞬間、母のスイッチが入り「あんたは、働いてるだけで楽でいいわよね!私が、どれだけしてやってると思ってるの!
私の愚痴ぐらい、聞いてくれてもいいじゃない!」と深夜に怒鳴り、そこからの話が長くなり、母の気が済むまで「愚痴られる」のだ。
大人しく聞いてるフリが、結果、睡眠時間が多くなることを学ぶ。
就職してから、もちろん家にお金を入れていたが、
母の機嫌が悪いと「これっぽっちのお金で住んでる身なんだから、感謝してよね」と言われていた。
私は朝は食べないし、昼は外食、週の内3日程、夕飯も外食していたけどね。
毒親あるある過ぎて、何度も申し訳ないが、文句を言うきっかけなど、何でもいい、これが厄介、何でいいなら、きっかけなど選び放題だ。
まあ、社会人になり毒母との接触時間が減り、楽にはなったが、家に帰るのが気が重い。帰ってみないと、母の機嫌が良いのか、悪いのか、わからないから。
そんなある時、やはりまた母と大喧嘩になった。
土日のどちらかは、必ず家に1日いる、というルールを守れてない、という理由だった気がする。
そうなのだ、母はそこでも「お墓参り」に行きたいのだ。
でも私だって、土日しか休めない、少ないがお給料もある、友達とも夫とも遊びに出かけたい場所が沢山ある。
どうして、私の時間を
「自由」に使わせてくれないの?それなら家を出て一人で暮らしたい。
母が、父を大声で呼び、「また勝手な事を言って反抗している」「このままだと、また家出する」だから「言い聞かせてくれ」と。
またか。私は黙々と、会社に行くのに必要なものを詰めながら、喚く母の怒鳴り声を背中で聞いていた。
父が、私の作業の手を掴んで止めた。
「いい加減にしろ。どうしてお前は反抗ばかりするんだ。少しは家族の気持ちを考えろ。家族の一員になれないお前が、社会人としてやれてると思えない」
カチンときた。私なりに仕事に責任感を持って頑張っている。その頑張りを部内の人は見てくれて、認めてくれているのに、私の何を知ってるのか、と。
振り切って自室を出ようとした。
掴みかかる父、部屋を出たい私、父が、「いい加減にしろ!」と、
イギリス製の華奢な猫足の「私の椅子」を掴み、私の肩に思い切り振り下ろしたのだ。かわいそうに、猫足は折れてしまった。
私の感情も振り切れた。
いくら何でも、女性相手に振るうには暴力の限度を超えている。
無我夢中でカバンを握りしめ、部屋を出ようとした。
さらに父が私の腕を掴み、今度は「拳」で「私の顔」を「殴った」のだ。
どうやって静止を振り切ったのか、気がついたらまたもや夫に車で迎えに来てもらっていた。
夫が私の顔を見て驚いた
鏡を見た私も唖然。左目がパンダになっていた、青紫の濃いアザ。誰がどう見たって殴られたとしか思えない場所。
翌朝、夫の家から会社へ向かった。朝はまだよかったが、ファンデーションはお昼にはアザ隠しの役目を果たしてくれなくなっていた。上からのせても、夕方には、アザが目立つ。
父は自分の仕事に誇りを持っていた
そして学歴コンプレックスが強い。父の自慢は、いい大学(有名所)出たって、あいつらは役に立たない、高卒の俺の方が遥かに仕事ができる。
父も気の毒ではあるのだ。病弱で入退院を繰り返す母親(父方の祖母)。男3人兄弟の長男、勉強が出来たそうだが、大学を諦め就職する事にしたのだ。
大学を諦められなかったのだろう
夜間大学に自分で学費を払い、働きながら勉強をした。
しかし、時代は高度経済成長期、徹夜続きの仕事が多くなり、通う時間が取れず、退学。だからこそ、仕事に情熱を注いてきたのだ。
だからと言って殴る理由になどならない
私の仕事ぶりを知りもせず、勝手に「見下して」、静止出来ないと悟った途端、「椅子」と「拳」で暴力を振るったのだ。
許せない、がまた増えた。私の人生「理不尽な怒り」が多すぎる。
愛していて、大切な「娘」。思い通りにならなければ、「暴力」を奮っていい「娘」。
ずいぶんと厄介で迷惑で
重すぎる「愛着」だ。
母は「毒」と一発でわかりやすい、典型的な毒親。
一見、穏やかで、自分は論理的で、感情的にはならない、と信じて生きている父。
意外と父は「隠れ毒親」。言葉の暴力の母、肉体の暴力の父。
子供が成長するほどに
自分の両親がいかに異常だったのかわかる。
あり得ない。成人した子供を、椅子で、拳で、殴る瞬間など、どう考えても、我が家では起こり得ない事。
そんな事があったら、もはやそれは「事件」だ。
話し合い、互いを知る努力をしなければ。
やはり、愛されたいなら、先ず愛することから、はじめないとね。
by 毒親育ちmochi
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