毒親が未成年に告ぐ言葉の重み

毒親が未成年に告ぐ言葉の重み

毒親に言われた忘れられない言葉

毒親が息を吐くように、軽い気持ちで紡ぐ、呪いの言葉の重さ、子供の立場を理解する想像力がないから言えるんだよね。

言葉のストックはたっぷりあるが「あんたの体をカッターナイフで切ったら500円玉がゴロゴロ出てくるわね」と笑った事。「そんなにこの家が気に入らないのなら、今すぐ出ていけ」と頬を叩いた事。

毒親の何がずるいって

子供をこの世に誕生させたら、親に養育の義務がある。

子供を育てるのにお金がかかることくらい、成人でなくてもわかるだろうに、子供に恩を売る事。

母は「娘がいて私は幸せだわ」と「あんたに一体いくらかけたと思っているの」正反対の言葉を、気分次第でポンと投げかける。

しかし、「あんたに…」の下りに関しては、言った記憶すら残さずに、華麗なまでに「優しい母」であると、母自身は信じている。

言われているのは、子供だ

一人で稼いで暮らすことが出来ない、未成年に言うのだ。子供は、家に「置いて」もらわなければ、生きて行かれない。だから、申し訳なさと「罪悪感」を覚える。

「お母さん、ごめんなさい」と言うのが、本当に正しい回答だと信じていた。だって、お母さんが怒るのは、私にお金がかかるからだと。

おかしい、と思い始めたのは

小学3年生くらいかな。よその家庭を知らなかったから、そして私は「恵まれて」いると言われてきたから、気がつかなかった。

そのうち、反抗心が芽生えてきた。「なら、習い事全部やめる。(もともと習いたかった訳じゃないし)」と、お金のかかる事に関して積極的に拒否したくなっていった。

だが、母の理想とする少女象はそんな事を言う設定ではない。反省をし、許しを乞い、もう一度「習い事も勉強も頑張る」優しく、母親思いの、努力家だ。

現実は、辞める辞めないで勝手に母が暴走し、泣いて喚いて竹定規。抵抗しても、子供だから、白旗をあげるしか選択肢はない。

高校生の頃には、とっくに

母にわかってもらうことを放棄した。私は、外へと目を向けていった。母が苛々すると、家を空ける。

親と折り合いが悪く、実家の近所でひとり暮らしをしている友達、父親が亡くなり母親が失踪し叔母が夕ご飯を通いで作り、夜は姉妹だけの友達、

高校生ともなると、友達と出会う範囲が地元だけじゃなくなる。携帯がない時代でよかったかも。母は「みっともなくて」同級生に私の行方を聞く事が出来ない。

喧嘩をし「そんなにこの家が気に入らないのなら、今すぐ出ていけ」、この言葉を引き出せたらしめたものだ。大手を振って友達の家に数泊できる

困ればいい

本気でそう思った。母の監視、行動の把握、一挙手一投足どれれか一つでも、母の気に入らなければそれが起爆剤となり、泣き喚く。家にいるのがたまらなく窮屈で、とにかく「重い」のだ。

結婚し、里帰り出産をしたときも

激しく後悔した。

だから、二人目は里帰り出産をしたくないと言い、喧嘩勃発。出産を控えた約一ヶ月程、母と連絡を断ち、一時預かりの保育園に上の子供をお願いし、家族だけで乗り切るつもりだった。だって夫は料理得意だし。(やっぱりネットは便利)

思い返しても、どうしようもなく

母が「重い」。粘着質に私に絡みついてくる母がたまらなく重い。

親を愛せ、大事にしろ、たまには食事に連れて行け、手ぶらで実家に来るな、誘ったランチの三回に一回は奢れ、父の日母の日は十分すぎるほどプレゼントをしろ、孫に関するすべての行事は呼べ、家族だけで過ごすな、

心の中の本音を、うっかり口にする時もあれば、「せっかくだけど、母の日のブラウス、私あのデザイン着ないから、あなたに返すわ(がん告知後の話)」と、教えてきたりする。父を送り込む、というパターンもある。

つくづく、重たい

「して当然」何故なら、してもらえるだけのことを私たち(毒親)はやってきた、だから今度はあなたが返す番よと。

放り投げたくて、でも「捨てらる」のが怖くて、嫌嫌心を無にして尽くしてきた。嫌なのに、離れられない。何故なら「親子」だから

そう思っていたけれど、絶縁宣言をして2年、罪悪感に襲われる日はあっても、後悔した日は一度もない。むしろ、あの「粘着」から抜け出せて、清々しいくらいだ

「酷いことをしたら、同じだけ自分に返ってくる」って言ってたけど、それは真理だね。

育ててくれた事、私にいろいろな教養を与えてくれた事、そこは心から感謝しています。

でもさ

心が悲鳴上げて「限界」と叫んでいるのに、心療内科は「言い訳」だ、と言い切る両親って、私の人生に大切かな?

さすがにあなたたちだって、俯瞰で見ることが出来、他の家庭の話として聞いたら、答えは出るよね。

母の「粘着」から逃れられて

気持ちが軽くなったよ。そのくらい、粘度の高い執着だったからね。

約半世紀生きてきた中で、あなたたち(毒親)と絶縁してからの2年が、一番楽しい。

好きなように、自由に自己責任の範囲で楽しむ人生があることを、知れて良かった。身も心も軽くなったよ。

あぁ、拳突き上げたいなぁ

いいよね、魂と魂のぶつかり合う、一本勝負。バチっバチの一期一会。歌はいいね。

「歌は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。そう感じないか、碇シンジ君」(TV版第弐拾四話)

だね、カヲル君。

あ、今日もエヴァンゲリオンで締めちゃった。

by 毒親育ちmochi