一番古い怒られた記憶

一番古い怒られた記憶

一番古い記憶は暗くて狭いトイレ

多分、それは3歳頃だったと思う。

お箸の持ち方で怒られ、手を叩かれ、父に担がれ、電気の消えてるトイレに閉じ込められたこと。暗くて狭くて、怒られた原因のお箸を握っている私の記憶。

集合住宅に住んでいたので、玄関から一歩出ると微笑ましい家族に見えてただろうけれど、家の中では、いつ父が、いつ母が、怒りのスイッチが入って矛先が兄や私に向かうのか、その法則が分からなかった。

いつも何で怒られているのかわからない

怒られると、トイレ、次は押入れ、真冬に肌着姿で玄関から閉め出される。

玄関の外でしくしく(大声で泣くと怒られるので)泣いていると、お隣の老夫人が出てきて、おばちゃんが一緒に誤ってあげるからごめんなさいって言おうね、と助け舟を出し、インターフォンを鳴らすのだ。

夫人の前で母は「ご迷惑おかけして…」といって一見許してくれたような笑顔を見せるのだが、お察しの通り、玄関閉めたとたん、裁縫用の竹素材でできた定規で思いっきり叩かれるのだ。

母はいつも竹定規で

太ももの裏を叩く。血が滲んで椅子に座るのが難儀なほどに。きっかけはいつも些細なこと、戸を閉める音、ご飯を食べるのが遅い、目を見て挨拶をしなかった、本当に理由なんてなんでもよかったのだ。

今なら母がなんで理不尽に怒るのか、なんとなく理解ができる。

見知らぬ土地への転勤、

父の転勤で知り合いの全くいない土地に住み、今のように無料で通話できる時代でもなく、そうそう誰かに愚痴も相談もできなかっただろう。母自身が実母(私の祖母)と折り合いが悪かったから親にも頼れなかったし。

父は、転勤なので、1ヶ月もすれば仕事帰りに飲んで帰る知り合いもできる。しかも時代は高度経済成長期、帰りも毎晩遅かった。

母はその頃20代

家には幼稚園に入る前の乳幼児しかいなく、きっと、不安や心配事があっても、今のようにネット検索できる時代でもなく、

医者に行くか悩む時は「家庭の医学」という辞書みたいな大きさの赤本と呼ばれる本で調べていたようだ。

しつけという名の虐待

母はいつも、自分のイライラの原因がどこからくるのか、理解し改善したい、などと思ったことがないのだろう(それは現在も変化が見られない)。

だから不安な気持ちを抱えながら育児をしていて、帰りの遅い夫(私の父)に相談もできず、一人イライラしていたのではないかな。

だから、ストレスが溜まると反論のできない子供たちに「叱る」「しつけ」「子育ての一環」のつもりで、「怒鳴り」「喚き」「罵り」「叩く」のである。

理解と許すは別のもの

母もまた「毒母(私の祖母)」に育てられ、モデルケースがわからなかったのだろう。それは理解ができる、しかし行為そのものを許すのは別物である。

子供はいつでも親が大好きで、愛してもらいたくて、親の望む入れ物(容器)の形にいかようにでも合わせてジャストサイズになるべく努力する。

一方、親は子供が反論できないのを本能で知っているから、好き勝手にその時の気分で容器の形を変えてくる。親の希望に沿えない時は「しつけ」の名目で容器の形合うように「恐怖」を与えて「洗脳」させていく。

それを繰り返す事で、「親の言うことが正しい」「私は駄目なんだ」「嫌われたらご飯食べられない」「家を追い出される」「だから親の言うことは絶対だ」これを学び、依存関係が成立するのだ。

洗脳が解けた今、絆について考える

理解はできるが、許すのは別の話。愛していたからなおさらだ。

」とは、本当に心が交流しているからこそのものであって、決して「血縁だから当たり前」に存在するものではない。

絆とは、相手を好きだから相手の気持ちに寄り添いたい、この想いが積み重なって築かれていくものだと思う。

両親の私に対する思いは「親の都合のよい子供」=「絆」、であり、常に両親が心地よくいられるように気を使う事、なのだ。

こんな薄っぺらい「絆」なんて、私の人生にはもういらない。そう思えるまで実に人生のほとんどの時間を割いてきた。

あとは己の中に消えない罪悪感

愛があるゆえ、それこそ血縁であるがゆえ、なのだろうか。毒親は実に巧みに「親なのに」という「罪悪感」を心にしっかりと根付かせている。

絶縁をした後も、この罪悪感がなかなか消えない。厄介な心の重り

この重りもいつか完全におろせる日が来るように、大切な人たちの顔を思い、毒親のように自分の感情で大切な人たちを傷つけないように、

二度とあの「どす黒い感情」に飲み込まれないよう、オセロのように、楽しい日を増やし、全てを白にするのだ。

毒親育ち以外の人には

一生理解してもらえないんだろう

でもいいの。だって心が解放されたんだもん。やっと自由になれたんだから。

実際に両親と絶縁してから、我が家は格段明るく楽しくなった。だから、それで十分。

by 毒親育ち mochi