私は悪くない悪いのは娘、曲げない毒母

私は悪くない悪いのは娘、曲げない毒母

※本日の投稿は2020年より10年以上前洗脳されていた過去の私の話。そうご理解いただける方のみご覧くださいませ※

私は悪くない、悪いのは娘、

毒親と絶縁、すなわちそれは親を捨てる事育ててもらった恩を忘れ裏切る行為

母と会いたくないな、実家に夕食食べに行きたくないな、旅行が憂鬱、そう思う私は母の言う「大人になりきれない娘」そして我がままなのだ、だからそんな事を思ってはいけないって。

苦しかった、あの頃の自分。

親から「○日、お墓参り行きたい」やら「週末ホームセンター連れて行って欲しい」こんな些細なお願いを、嫌だな、行きたくない、と思う私がダメなんだと責める、けれどイライラが募る混濁した心。

曲げないない毒母、悪いのは娘?

母の言うように、マンションの頭金も一部受け取っている、駐車場も借りているいる。だから「この位、嫌な顔せず快く連れて行ってあげるべき」と思うのだが、憂鬱になり胃が痛み、母との約束の日が近づくほどイライラする

断りたい、でも断ったら不機嫌になる、恩知らずと責められる。そして一旦不機嫌になった母と対峙するほうが何万倍も心がすり減るから、嫌な顔を押し隠してでも付き合うべき。

だから、夫に申し訳なく思いつつ、つまらない休日になってしまう子供たちに心の中で謝りつつも、渋々出かけていた。なんなら母のご機嫌取りに、母がカゴに入れた花の苗を私が支払ったりしていた。

散々してやった、どれだけお金をかけたと思ってるの、誰のおかげで住めてるの、この恩知らず、裏切り者、

こんな言葉たちが私の心をがんじがらめにし、あたかもそれが正しい答えのように思い込まされれいた。そう、母による洗脳と支配で出来上がった思考回路。

正当な理由を述べたところで理解は無し

実際にあったのは私のお誕生月

10年以上前12月

母は「家族仲良し優雅な老後よ」アピールをしたいがため、竹三の長女(コチラも毒親育ちで現在実母と絶縁中)と子供を招き、ホテルの個室を取りフレンチのクリスマスランチコースを予約済であった。毒両親、私たち4人、竹三長女ちゃんと子、総勢8人だ。

前日の夜にね、私高熱を出しました、38度超え。

子供②を抱っこしベットに膝をついた時に、シーツで滑り「危ない」と、とっさに右手でベッドにしがみつき難を逃れました

そしたらね、ズキズキと右手の中指と薬指の間、そして薬指の付け根がだんだん痛みを増してきたのです。湿布を貼って様子を見ていたのですが痛みが引くどころか熱が出てきたのです。

世界は蜃気楼のように霞み、食欲も全くなく、とにかく何もしなくても痛くて堪らず、母に言いました。「明日、私だけキャンセルさせて」と。

さすがに4人分キャンセルとなるとお店のご迷惑になる、母は電車ではなく車で行きたい、だから予定通り夫に車の運転をお願いし、私だけ欠席すれば問題ないと、ごく当たり前の判断だった。

許されないんです。どう断っても譲らないんです母が。

右手が使えないから、子供たちの面倒も見られない、それにとにかく痛いから病院に行きたい、と私かなり粘りました。

ですが母はイライラを超え、とうとう「ならば左手で食べればいいし、解熱剤でも飲んで行けばいいでしょ?つべこべ言わずに来なさい、このくらい我慢して私の顔を立てなさいよ」と。

洗脳されていたあの頃母に逆らうことは出来なかった

最後は根負け激しく痛む右手の薬指と高熱の中高級フレンチ個室約2時間コースもう地獄でした。ありえない話です。

朝起きたら、右手の薬指は紫色になり三倍ほどにまで腫れ上がり痛みと脂汗が止まりません。痛みに耐え、食欲など当然湧かず、蜃気楼に霞む綺麗なツリーを眺めながら早く病院に行きたい折れてるよねこれって、そればっかり考えてました。

倒れそうに具合の悪い私、

しかしまだ竹三長女ちゃんに「優雅な老後よ私自慢」を続けたい母、場所を変え洒落乙カフェでお茶をすると言う。

先手「あんた、具合悪い顔しないでよ、竹三長女ちゃんが気にするでしょ」と鋭く小声で言ってきました

未就学児が3人大人しく洒落乙カフェで座ってなどいられません。

結果、12月の木枯が吹き荒ぶ中テラス席でここからまた2時間母は実に楽しそうにぺらりぺらりと過去に行った優雅な海外旅行や優雅なレストランの自慢話をしておりました。

竹三長女ちゃん・母・私、という配置。

父は俺は帰ると言い、一人電車で去って行きました。夫は未就学児の相手をしておりました。母の独壇場…気を失いそうな痛みマックスで無言な私…、やっと解放され帰宅し熱を測ったら39度を超えていました

すぐに夫に病院に連れて行ってもらったところ、あー折れてるねこれ、痛いでしょって。炎症から来る熱だよ、だって折れてるもん、って先生。どうりで痛かったはずです。ほぼ1日折れたまま放置だったんですから。

先生が一泊入院して点滴したら楽になるよ?と勧めてくれましたが、なによりも母の怒りを恐れお断りしました。月曜日は夫が会社なので。

あの日は日曜日、そして12月、夫も仕事が忙しい。なら母に頼ればと思いませんか?私たちは目と鼻の先住んでいるんです。

毒母の独特な思考回路、

毒親が無理を承知で押し通したランチ、その自覚自体は母にもあります。だけど高級なランチ代と洒落乙カフェ代をご馳走したのも毒親、だから「してやった感謝しろ」ゲージがグイッと上がります。若干の後ろめたさと共にね。

そこで私が実は骨折していた上に入院、なんて聞いたら毒母の後ろめたさゲージ上がるんです一応

しかしそこから独特で、母は自分が責められたでなく、です)と感じ、何も発していない私に対し、責められまいと私を攻撃するんです。

高いフレンチ食べたよね?

カフェでお茶だってしたよね?払ったの誰?そう、あんたじゃないでしょ。だから後から私のせいにしないでいよ?

無理してきたかもしれないけど、結局きてごちそうになったんだから、文句なんて受け付けないからね、とばかり不機嫌になる

だから高熱が出ようが骨折しようが母をあてにしたら必要以上に母に絡まれ、心えぐられるのが経験上わかるから「我慢」するしかないんです。

通いましたよ、喘息の点滴にね。

痛み止めと栄養補給のための点滴のはずが、喘息の発作が出てしまい、結局喘息の治療のための点滴にね1週間38度の高熱が引かず、水を飲むのさえ喉が痛くて飲み込めず。午前と午後の二回の点滴をすると呼吸が少し楽になるのでバナナで生きていました。

私は喘息の疾患があって、骨折よりも喘息が悪化してしまった。父は喘息で数回の入院歴があります。父は風邪の怖さを知っているにもかかわらず、一切止めませんでした。

やはり優先順位はいつも母の気持ち。家族の気持ちを母は考えない

初めの2日ほどは心配そうに声をかけてくる、3日目にもなると不機嫌な声で「本当にまだ熱あるの?」などと、本音である「まったく、いい加減治りなさいよ」が駄々漏れた口調で電話をかけてくるのだ。

子供②にさえも不機嫌を隠せさなかった毒親、当然私になど不機嫌を隠すはずもなく、一体なぜ私が責められなくちゃいけないのか、痛みと熱と呼吸の苦しさで横たわりながらも怒りが沸沸と湧き、だから母が嫌いなんだ、そう私はとても悔しく思っていた

それでも体調が戻った年末年始

「ちゃんと実家」に行ってたんだから、つくづく私は洗脳されていたんだなぁと、怖い。

母は、「小さな頃からこういったお店(フレンチ)に慣れておくといいのよ」と、自分は音を立ててスープを飲み、パスタをすするのですが、私に言うのです。

ね、あちらのお義母さんは孫をこういったお店には連れて行ってくれないでしょ?と。孫にお高いブランドを着せたくて、孫と一緒に優雅に食事をするマダムと思われたい母

たちが悪く、それらを私と夫が心から感謝し、なんなら拝む勢いでお礼を述べ、お返しのスイーツを献上しなければ最大限に不機嫌になり、気がつけよお前たちという圧を放ってくる。

〇〇にいく時これを着させてちょうだいね、と渡すブランド子供服、けれどいつの間にか母の中では「娘が欲しがったから買ってあげた高級子供服」へとすり替わる不可解さ。

気にしないでいいよの

私が好きで勝手にやってる事だから

母のこのセリフを鵜呑みにしてはいけない。でも実物を手渡してしてきたら返せとは言えない私の弱さ。

母が不機嫌になる事、これがただただ圧倒的に怖かった

だからぐっと言葉を飲み込み、拳を握り、怒鳴り返したい気持ち押し込めてきた。母が怒ったら面倒が長引くだけだから、波風を立てるのは得策じゃないと諦めて。

何度説明しようとも、母は「すり替え」を「真実」思い込み、それはやがて母の中では真実になってしまう。

私がそんなひどい事するわけないじゃない?だし、私がそんなひどい事を言うはずないでしょう?となるのだ。

もうね、万索尽きた。

どんなに断っても無理強いをし、事実をすり替える母に「断る」が通用しない

だから縁を切った。

そうすれば誘われる事自体がなくなる。断るという負担がなくなり私が楽になるから。私はもう楽になりたい、母から解放されたい、そうするには絶縁だ、とね。

自分の予定した通りに事が運ばないと、激しく怒りをぶつける、それがおかしいと、母が自分自身に疑問を持ってくれていたら違っていただろうか。

でも、この考え方も母には理解が出来ないのだろう。だって母の意見は「世間の意見」であり「母は正しい」悪いのは娘であって私じゃない、から。

母は愛し方が不器用なだけ

そう思おうとしていたけれど、今はそんな歪んだ期待はもう持ってはいない

だいたい指が腫れ上がった高熱の娘を、寒空の中未就学児と一緒会食させるっておかしいもの。普通なら、ここまで腫れてるのを見たら病院が先だろう。

争う気持ちが残っていた頃は、きっと私もまだ母に希望を持っていたのだろう。本当は愛しているはず、ただ母の愛し方が不器用なだけだと。

やはり母の優先順位はおかしい

そこに母が気づけていたなら

そう思うこともあるけれど

やはり母のしたことは

支配であって愛ではない

誰かを犠牲にして成り立つ幸せなんてない

だから私は自分の判断に後悔はない

by毒親育ちmochi