毒親編はじめます

毒親編はじめます

毒親というパワーワード

毒親と聞くと、肉体的虐待、ネグレクト、事件で目にするようなことを思い浮かべるひともまだまだ多いのではないでしょうか。

こういった場合、「毒親」と呼んでも、納得してもらえる言葉だと思います。

しかし、そこまでの目に見える肉体的虐待を受けていない場合、両親を「毒親」と呼ぶのは気が引けるのも事実。パワーワードすぎるなぁと…

毒親と言い切ってしまうのは、罪悪感を感じるけれど、実際大人になり、「生きづらさ」を抱えているのも事実で、解毒できなかったら今頃私はどう生きていたのか…そう思うと絶縁できて本当によかった。

自己肯定感が低くいため、物事を考えすぎ落ち込んだり、親しい友人にはぞんざいな態度をとってみたり(甘えたかったのだろう)、私何かおかしい…そう感じ始めたのは10代後半だったと思う。

自分が親になって毒親に不信感を、

後に綴っていくが、私を毒親の沼から救ってくれたのは「子供たち」だった。それは現在進行形で、毒親の「歪み」に新たな気づきがあり、二度と「あの暗黒には戻らないぞ」という強い心を育ててもらっている。

なぜか?

私が物心ついら3歳の頃にはすでに、父や母から「叩かれ、小突かれ、真っ暗なトイレに閉じ込められ、雪降る夜に肌着で締め出されていた」からだ。

私は母になった、小さく、母を頼ってくれる小さな命に、とてもではないが「私が体験した事」と同じことは出来そうにもない。その気持ちが、私が親に対して「不信感」を覚え、同時に私が子育てに悩む始まりでもあり、毒親に気がつくきっかけとなるのだった。

「毒になる親」を読む

悩んでいる方の入門書とも言える「毒になる親(スーザン・フォワード著)」を読んだのは、今から15、6年ほど前である。

「アダルトチルドレンという物語(信田さよ子著)」も読み、アダルトチルドレン、機能不全家族、そして毒親という単語を初めて聞く。

15、6年前、「毒親・アダルトチルドレン」という言葉はほぼ認知されていなかった。

「毒になる親(スーザン・フォワード著)」を読んだ時、

私の心は。

苦しさ・親に対するモヤモヤ・怒り・悲しみを感じるけれど、「何不自由なく育ててもらった」親に感謝するべきものと思っていた。

親に感じる違和感の正体は成育環境にあったんだ!親を悪く言ってはいけないと我慢しないでいいんだ!

そう、私の気持ちを言語化してくれた内容に…読んで涙が止まらなかった。

あの時も手に取ったきっかけは、「子育てに悩んでいた」からだった。子供①がまだ幼い頃で、「愛情」と「甘やかす」の違いがさっぱり分からなかったからだった。

毒母は「愛しているあなたが大事」と

言った同じ口で「あんたなんかいても何の役にも立たない」という人だったから。

沼気質で、気になると調べたくなる性格に加え本好きでいて本当に良かった。まあ、状況がわかったからと言って、親からの洗脳と共依存から抜け出すのはまだまだ10年以上先の話になるのだが。

外から見えない毒親の存在、世間的には品行方正で常識人、優しく穏やか、そして理想的な優しい親と認知されている人の中に、意外にも毒親が潜んでいたりする。

私も素敵なお母様でいいわね、とよく言われたものである。

私の親のエピソードを

これから「毒」編で綴っていこうと考えています。

優しい親の面と「毒」を帯びた親の面、どちらも本当の姿だったから…戸惑いながら数十年単位の年月をかけ、やっと自分がどうしたいのか、どんな風に自分ファーストな生き方ができるようになったのか。そのあたりを毒編で綴っていきたい。

自分の居場所

親の子供への態度の一貫性のなさを、子供は理解できず、きつい言葉を怖いと感じる。

親に怒られないよう、地雷を踏まないよう、親の顔色を伺い、毎日の生活を穏便に過ごせるように、自己を封じ込め、本音を語らず、親の精神の安定を一番に考え、すすんでサンドバックになる。

ある時は、親の愚痴を聞くカウンセラー、または母の親友役、そして母の母親役、どんなに理不尽な事で嫌味を言われようと、怒られ、言葉の暴力で当たり散らされ、サンドバック状態で心がボロボロになろうとも、

それでも母が好き

母に好きでいて欲しいくて、母に笑っていてほしくて、幼いながらも健気にアンテナを張り巡らせ、怒らせないよう、笑顔でいてくれるようにと、神経を張り詰めて。

その努力…気を使い顔色を読むことで、家庭内に自分の居場所を作り、神経を研ぎ澄ませて生きていた。

土下座お年玉事件

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私の両親、いや母方の家族ははっきり言って毒に浸かり切っていました。今思い返してもなかなかの毒っぷり

パッと思い出すのは、何が祖母の逆鱗に触れたのか覚えていませんが、小学校の頃、親戚が集まるお正月に、私も含むいとこ全員が祖母の前に正座させられ

お年玉がほしけりゃ土下座してお願いしな!と言われこと。

気も使えるが、気も強かった私は、もちろん間髪入れず、土下座するくらいならお年玉はいらない!と言った

横で、実兄は土下座をしてお年玉をもらっていましたが。(新年早々地獄絵図)貰わなかった女子チームは「可愛げのない子供だね!」と言われました…

思い返してもなかなかのファンキープっぷり炸裂の、激しい性格の祖母でした。はっきり言って優しかった記憶は1割程度で、気まぐれに優しくしてくれる日もありといった程度でした。

毒編、本日はこの辺で。明日は「病」編です。

明日も遊びに来ていいただけたら嬉しいです。

by 毒親ち mochi