その頃のファッション

母はなかなかのお洒落さんでした
当時のどかな田園のなかで、母はお洒落なママさんでした。
ミシンも得意で、よく洋服を作ってくれました。売ってないけど、こんなのが欲しい、とお願いすると、生地を一緒に選んで、好みの服をさくっと作ってくれました。
覚えているのは、キティちゃん柄のフレアスカート(広げると360度になる、くるくる回りたくなるやつ)!
あと、家庭科で使うエプロン・三角巾・入れるバック、これをキキララちゃんでフリフリを三角巾やバックにもつけてくれて、かなりラブリーで
例えるなら新妻のフリフリエプロンです!いまでもディディールを覚えている程お気に入りでした。
まあ、同級生には引かれてましたが。でもいいです!可愛かったから♡
母の服の好みは、
ファミリアという老舗の子供服ブランドでした。皇室御用達の子供服といえば伝わるでしょうか。王道ってやつですね。
クラシックを習っていたので、発表会はファミリアか、母お手製のレースたっぷりのワンピースのどちらかでした。ファミリアなかなかお高いので、似た雰囲気のワンピースやスカートをよく作ってくれていました。

れんげのスカートと大きなリボン
円形のスカートをれんげ(多分花と思ってたっぽい私)と言っていたれど、
幼稚園の頃家族ぐるみで仲の良かったお友達と、今で言う双子コーデでおてて繋いで幼稚園に通っていたものです。
二人とも腰くらいまで髪を伸ばして、ポンパドールをつくり、大きなおりぼんを結ぶのが定番コーデで、明日のリボンの色を決めて帰るのが日課でした。

服編まだまだ続きます
すいません、なかなか先に進む気配がありませんが、お付き合いいただけましたら嬉しいです。
明日は、「毒」編。そう毒親について、綴ります。
by 毒親ち mochi
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