毒親に都合の良い娘はもういない

毒親と今すぐ縁を切れ!
過去に戻って自分をぶん殴りに行きたかった昨日(笑)。だけどそれは現実的ではないから、アイディアを…なにか発想の転換をしなければ。
今はまだ、大学の機能の全てが停止している。だから受験の際に描いていた、校内のコンビニ、学食、ATM、全てが止まった状態で、単身見知らぬ土地へ向かったのだ。
当初思い描いていたのは、
近辺が多少不便でも学内に必要なものが揃っているから「なんとかなるね」だった。
そしてオリエンテーションや学科説明等で新入生同士顔合わせをし、知り合う機会があるだろう、そんな未来予想をしていた。
だから、同行し必要な物を一緒に買い揃え、「快適」を用意してあげる予定だった。
だが、ウィルス対策で
他府県から来る生徒は予防の観点から「2週間前」に現地に滞在してほしい、との要望だった。
仕方のない事ではあるが、全く土地勘もなく、買い物するにもバスで出なければ街へ行かれない場所に、一人でいるの子供の心を考えるとやるせなくて仕方がない。
そこで閃いたのが、
Amazonのほしいものリスト。
気になるものがあったらリストに入れてみて、と提案してみた。こちらで購入して梱包し発送するより、速いしプライム会員だから送料も気にならない。
自分で考えてカートに入れる。
慣れない一人暮らしの中で、必要なものを自分で考える事は、良いのではないかな?そして私も子供のニーズに合った商品を送ってあげられるのでwin-winだ。
つくづく今は便利な時代。
遠く離れていたってApple Musicがあるから好きな曲を聞いて気分転換でもしてほしい。友達とだって無料で会話も出来るし、ゲーム内で会えるのだ。
何か問題にぶち当たったら、
解決できる可能性や方法を考えればいい。それは癌の治療選択の時、学んだ事。
愛を持って繋がっていれば寂しくても乗り越える心の支えとなる事。これは毒親との絶縁で、私と毒家族の間には愛という「絆」がないからこそ学んだ事。
何を置いても我が子が大事。
癌とわかった時、2年を生きる起爆剤となった感情。そしてそれは今も変わらない。
いくつになっても親からしたら子供は子供。
そんな言葉を、毒親は私に「だから親を敬い、感謝し、親孝行するべきだ」と使っていた。
今は違うとわかる。これから先、子供たちが歳をとって中年になろうが初老になろうが、大切な我が子に変わりはないよ、そういう暖かな親心なんだ。
私は親に違和感を感じ、
歪みを感じ、近寄ると摩擦が起き、かと言って離してくれず、人生を母と共に生きている感覚が、たまらなく不快だった。
40も過ぎた女が母の気に入りそうな服を選ぶほどの洗脳状態だった。共依存でいながら私の人生から出て行って欲しくて、干渉しないで欲しくて、監視しないでほしかった。
母といると苦しかった。
孫が大きくなっても両親が目の前で怒鳴り合うのが嫌で堪らなかった。父が「立派な使い古した言葉」を使い私の気持ちを押さえつけようとするのが大嫌いだった。兄に関しては、同情はするが許しはしない最低な男だと思っている。
母の様な母親には絶対になりたくなかった。それは祈りにも似た悲願。
今はもう私の中に母はいない。絶縁し心療内科のカウンセリングと薬でずいぶん改善された。
だが私の実家である
毒にまみれた家族が私の心身を痛めつけ、阻害薬なしでは脳が正常に機能しないであろう心的疾患を負わされたことは消えない事実。
そして心をえぐる言葉の数々がふとした時にフラッシュバックを引き起こす。
動悸と底無しの不安がポッカリと口を開ける。これに関してはコントロールができないから、フラッシュバックに襲われたら抗不安薬を飲んで落ち着かせるしかない。
私の家族は、
愛で繋がっているいたって普通の、それこそみんなが自由に発言し、いらっとしても誰か受け取り笑わせたり、そんな家族の阿吽の呼吸ができている。
だから離れていても、心が離れない自信がある。
その実感を手にしたからこそ比較してしまう、毒親の歪み。
大切な子供なら、
なぜ愛をもって接しなかったの?大切な子供をどうしてあざや血が流れるほど殴れたの?大切な子供をなぜ嘘つき呼ばわりをして性的被害に真剣に耳を傾けてくれなかったの?大切な子供なら、なぜ癌とわかった時、一番最初に私の心を心配してくれなかったの?大切なこどもなら…。
そんな感情が、子供の思いを大切に育てたくて向き合い、解決し乗り越える度に、心に浮かんで辛かった。
なのに、娘として毒母を優先し40半ばまで生きてしまった。
愛して欲しかったのだろうか?そうかもしれない。
認めて欲しかったのだろうか?それもまたYESだろう。
絶縁し、フラッシュバック以外は
コントロールできている今、毒親を「親」とは思っていない私がいる。
そう、彼らは私の戸籍上の親であるし血縁者だ。でも家族ではない。愛でつながっていないから。
散々心をえぐられても再び親子でいようとした、愚かで親に都合の良い娘はもういない、諦めてくれ。
私はあなたたちの娘を3年前にやめたの。
今の私は夫の妻であり、子供たちの母親である、ただそれだけ。
これから何年生きられるのか、それは私にも先生にもわからない。
だからこそ、取捨選択し
大切なものがはっきりした自分だからこそ、心が嫌がる事はもうしない。毒親にいたっては、心が拒絶しているから洗脳も依存もされる事はない。
さぁ、あの子が
一人で生きていけるように手をかけすぎず、ハラハラしながらも見守っていく、そんな楽しみが増えました。
私の無性の愛がどんな色形をしているのか、知ってみたい。
私の母心がどんな風にこれから変化していくのかも興味がある。
両手を精一杯広げた範囲でいい。両腕の中にいる人たちを悲しませず傷付けず大切にしたい。
大好きな人たちに、いつまでも笑顔で生きていていてほしいな。
さぁ、明日も「今日」をメソメソせず(笑)、大切に生きるね。
by 毒親育ちmochi
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