複雑性PTSDという病名

複雑性PTSDという病名

毒親の何が辛いか

言うことに一貫性がない、すぐ怒鳴る、喚く、殴る、泣き落とし、あげれば両手両足じゃ足りないほど出てくるが、

その中でも私が嫌だったのが、

自分が言ったこと、自分が行ったこと、これらを全てきれいさっぱり「覚えていない」のだ。それどころが、

美しい親子愛にすり替えて

「え?私がそんな酷いこと言うわけないじゃない」「被害妄想が過ぎるわよ」と、別の物語を、あたかも事実ごとく心底本気で、語るのだ(もはやサイコパス)。

やっていないことの証明が難しいように、言った言わない論争は着地点はなく、根負けした方が負けなのだ。

私は、約半世紀の間、なるべく穏便にことが進むよう、親に気を使い、親の希望する容器に綺麗に収まるように、なんなら親のために生きてきた。

もし今、親から矛盾や暴論や暴力で、

自尊心を激しく傷つけられている自覚がある人がこれを読んでいたら、

直ぐに離れられない状況にいるとしたら、最後まで読んでもらえたら嬉しいです。

約半世紀、親に尽し、がん宣告を受けてもなお、親に気を使い、顔色を伺い生きてきた。しかし、そのつけは確実に自分の心身に跳ね返っていたのだ。

度々、パニックの発作かな?とか、母の態度が不安で気になって眠れない、母の暴言の傷を夫に当たる、等々「うーん」と思うことはあった。

「3年前の晴れた春の日」

母からかかってきた一本の電話で、自力で立っていられないほど、一瞬地震か?と思うほど、足元から「どす黒い」「何か」が襲ってきて、しゃがみ込んでしまったのだ。(電話の内容は後述します)

自分が崩壊する恐怖が襲ってきた、こわい…とっさに大声で叫んだ。

「いいかげん、私を解放して。もう無理、一緒にいられない。お金も財産も全て放棄するから、私はいなかったものと思ってください。金輪際一切会いません。絶縁させていただきます。」

一気に言葉を叩きつけ電話を切った。

その瞬間から、

おでこに器械が埋まっていて、フル稼働で動き続け止まらない感覚、激しい頭痛、ジェットコースターの落下するときのような足元が浮く感じ、不安、動機が止まらない。その晩一睡もできなかった。

翌日になってもおでこの器械が止まらない。友達に相談した。彼女は優しく「それは今すぐ心療内科を予約して、なるべく早く受診して」と言った。

心療内科の予約がとれた

母との電話から3日後だった。その間、おでこの器械は相変わらずフル稼働中、疲れているのに、涙は勝手に出るし、眠れない。踏んだり蹴たりだ。

先生が40分ほど時間をかけて、ゆっくり話を聞いてくれた。

このとき役立ったのが、スマホのメモ帳。私が先にいなくなり、家族が毒親に巻き込まれたらいけないので、記録していたのだ。

先生が一読し、質問をし答える。

私の病名は「複雑性PTSD」だった

長い期間、家の中にライオンしかおらず、しまうまの私は、脳が「危険」と捉え、「逃げろ」と命令する、それでも安全な場所にたどり着けない、だからさらに「逃げろ」と指令を送るのだそうだ。

「危険」なサバンナで、「指令」を出しても安全確認が取れない、常に「危機状態」の私の脳の機能は「危機感」の出過ぎを阻害薬で抑えない限り、安全と認識できない状態まで悪化していたのだそう。

そして、元には戻らない可能性が高いのだそう。長期にわたり、自分自身を「生きた心地のしない状態」にさらしすぎたのだ。

先生は言った

あなは母性の中でも最悪の母性を持った母親のところに生まれてしまった。そういう子供のまま大人になりきれず成長し、思い通りにならないときれる大人はたくさんいますが、

一番守ってもらいたかったとき(兄の件)に、あなたは守ってもらえなかった。これはもう親ではない、という判断で正しいと思います。

そういう親からは、逃げて逃げて逃げまくるのが一番いいと思います。相手が変わることはあり得ないので。あなたのためにしてあげたのに、と見返りを求める、これは母性として最悪のパターンだ」と。(詳しくはこちらをどうぞ↓)

パンドラの箱の中身が開いた、あの日

薬を飲み始め

翌日には見える景色が全く変わった。あれほど、母に対して感じていた不安感、申し訳なさが驚くほど軽くなり、止まらないおでこの器械も止まった。

しかし、一度縁を超え扉を開けてしまった私は、扉の存在を知らなかった頃には戻れない。

でも、心療内科で先生が「大丈夫、間違ってないよ」と言ってくれるのは心強い。私は、こうして親と絶縁してからの2年間を乗り越えてきた

それでもまだ「罪悪感」が消えない。でも確実にライオンの幻覚は見なくなった。

本当は毒親に言いたい

自分が同じことをされたらどう思う?辛くない?逃げだしたくならない?なんでそんなに偉いの?と、

でも、毒親に苦しんでいる人に届けたい

無理だよ、あの人たち(毒親)は絶対に変われない。淀んでいる場所に「好んで」居座っているんだもの。だから、逃げて!

毒親のもとに生まれただけでも、十分に人生損しているのに、大きくなっても搾取され続けるなんて、

早く気がついて、逃げる準備をして、「いつの日か」のために、力をためておいてほしい。

お願いだから、心まで毒親の自由にさせないで

私は気がつかず、心まで毒親に捧げてしまったから。その結果、今でもトラウマに、フラッシュバックに悩まされながら、がんを抱えて生きている。

でもあの人たち(毒親)は、本当に「困った」時に、救ってなどくれなかった。

だから、どうか、心だけは自分で守って、逃げられる日まで、生き延びてほしい。手かせ足かせがなくなって、初めは不安でも、やがて「生きてる」実感と、信じらない「開放感」が訪れるから、

それまで、どうかあのひとたち(毒親)の「毒」に屈しないで、

されて嫌だったことを、箇条書きでいいから残しておいて

いつか現実をあの人たち(毒親)につきつけ、「囲われた家庭」から逃げてしまえばいい。

薄っぺらい「血のつながり」など、持っていてもなんの価値もないのだから…

事情があって「逃げる」ことができない人もいるだろう、せめて心を守ってあげて。自分を大切にしてあげてほしい。理不尽な人生を生きるなんて残酷すぎる。

どうか、一人でも多く、自由な世界へ解き放たれる人がふえますように、願いを込めて。

by 毒親育ちmochi