毒親

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自分の意思が介在しない生き方をしていた私

毒親と絶縁し、 月日が経てば経つほど、解毒が進んでいる実感がある。 心が落ち着き、自分と自分の周りに目がむいてきた驚き( ´艸`) ♪ 母の都合を優先してしまう私だったから、 一週間の予定は乱れがちだった。 子どもの習い事等の送り迎えは予定通りに繰り返される。 だがそこにギチギチで母の予定がいきなり入り込む。電話やメールに加え、突然家に「買い物行かない?」とやってくるパターンもあってね断れなかった […]

毒父とすれ違い解毒加減を知った

一昨日、父と街ですれ違った。 車一台がやっと通れる幅の道路、互いに「あっ」とわかってしまうのはDNAのなせる技なのだろうか。一本道、父が向こうからやってくる、父も私も「一人」だ。 以前オットが絶縁を宣言しに実家に行った帰りの際(毒親との決別は、苦渋の決断だ)、父はオットを玄関外まで送った時に「やっぱり、原因は母さんか?」と聞いたそう。オットは「はい」と答えたという。 その話をオットが帰ってきて聞か […]

今日は私の人生が大きく変わった日

2012年の今日、4月12日は 私が希少がん(悪性腹膜中皮腫)と告知を受けた日、 そして毒親と「生涯決別」の実行を迷っていた私の背中をポーンと最後に一押しした「父の誕生日(私から毒親を捨てた日)」でもある。 なので「今日」という日は、 私の人生が大きく方向を変えるきっかけになった日であり、生きている限り忘れる事のない日なのだろう。 今日からの私は、「10年目の希少がんサバイバー」となった。うん、い […]

子離れは、子どもが自由に生きる大切な事

子どもが18歳なる事は悲願だった。 なにせ毒母は、私が希少がんで余命2年と宣告されているにも関わらず、相変わらず「母の気持ち優先」の無理難題な条件を、あれやこれやと私に出し続けていたから。(よろしければ→心細く見送った毒母の背中、過去の健気な私) 耐えきれず毒親と絶縁した私は、二度と親へは頼ることはできない、そしてオットの義母へも今更頼るなんて無視のいい話は出来ないと覚悟を決めていたから。(毒母の […]

家族の仲が良くない現実、都度、毒発動

自己を誇大にみせたい欲望 それは偽りの自分だが、言い変えると「理想とする自分」なのかな? 父も母もね、そういう人だった。 社会から見える「父と母の姿」、それに対し「こう見えていて欲しい」という願望。そこに開きがある事にはきっと気がついていたんだと思う。 だって辻褄が合わず綻ぶもん(よろしければこちらも→母の毒っぷりの加速と、解毒、解放へのはじめの一歩)。 兄と私に自分たちの素晴らしさを、「己に酔い […]

心細く見送った毒母の背中、過去の健気な私

私は毒親育ちのがん患者。 もうちょっと言うと「希少がん患者」、2012年の春にがんが見つかった。6月に開腹術を行い、約1ヶ月入院生活を送った。(中皮腫の手術から現在にいたるまでざっと書いてみた) 春はね本当に胸がつまる記憶が多いいんだ がん告知(希少がん告知を受けるその瞬間まで) がん告知直後(おかしいなあと思った診察の順番) 帰宅後から(家から一歩も出られなくなった) お子養子&学費出す問題(毒 […]

毒に囚われてないよ?放出してるの

毒親問題、根深いよね。 みな今の自身の環境を軸に語るから、 親なんだから許してあげなよ 親だって親になるのが初めてだったんだから がんなら尚更親に連絡とってあげなよ(私がん患者なんです) 絶対心配しているよ 親がかわいそうだよ いつまでも過去を根に持たない 恨んでいたって何も変わらない 等々のお言葉を頂戴してきたけど。 私はブログに親への恨み節を綴っているわけではないの。 過去の「事実」をすくい上 […]

毒母は誰よりも不機嫌なわがままちゃん

来月、毒親に絶縁宣言し丸4年経つ。 確実に私は良い方向へ変化した。それに呼応するかのように「我が家」もまた確実に家族の仲が良くなった。 例えば不機嫌な態度。受け手である家族は察しつつ普通の対応で接する。決して態度を詰ったり詰問なんて無粋はしないよ? 発信側がもし「さっきはイラついてごめん」って言ったらさ、いーよいーよん♪そんな日もあるじゃーん、どーなっつ食べるかい?ってそんな風に終わるんだ。 今の […]

毒母のようになりたくないとい呪い

私は母と共依存状態である自覚の 無いまま結婚し出産をした。 母とは「喧嘩もするけど仲良し親子」と本気で信じ疑わなかった。 実情は母が常日頃、私に浴びせて続けてきた、 あなたは恵まれているの感謝しなさい 怒らせるあながた悪い あなたが素直なら私は怒らない 理解のある母親で良かったわね 普通の家庭は行かない店に行かれて幸せなのよ 等々の「恵まれている娘」という「洗脳教育」の賜物にすぎず、 20年ほどか […]

毒母もまた母に愛されぬ娘だった

母と祖母との関係 よろしければ上記の『mochi家毒系譜』をご覧になられてから、お読み下さるとをわかりやすいかも知れませぬ。 ※母を含む四兄弟の呼称を、長男(松一)母(梅二)、次男(竹三)、次女(桃四)と表記する事があります※ ↓よろしければ関連記事もございます↓ 毒から毒へ負のバトン、毒母の兄弟。 因果応報、毒親は良い結果を生まない 母の実母(私の祖母)は猛毒の持ち主 デフォルトがしかめっ面で、 […]

生い立ちを告げる事が幸せに繋がらないリアル

生い立ちを、病気を、告げる事 これは絶縁により「私の環境」は改善されたが、それを伝える事は、私の幸せに直結するする訳ではないというお話。 毒親との絶縁を決意し実行できたのは、やはり「希少がん」に罹患し今後も「完治しない」とわかって考え方がすっかり変わったからだとは思う。 でもちょっと遡り、パンドラの箱の中身が開いた、あの日がなれけば、もしかしたらほそぼそ付き合っていたかもしれない、 がんの進行が早 […]

mochi絶縁年表作ってみました

改めて自己紹介と申しましょうか mochi絶縁年表 毒家族(毒父・毒母・毒兄・両親の親類全て)と絶縁を決めた経緯と絶縁後 mochi家毒系譜 私は母方の毒が強めな毒親育ちでして、系譜を図にしてみました。現在私は松一次女以外、縁が切れています(2022年3月3日まで)。 ざっとこんな感じでございます 父方に関しては全滅でして、あえて図解は必要ないかと…。 私だけでしたら、絶縁以前より父方親族とは誰と […]

解毒途中の私勝手な持論、届くといいな

昨日は成人の日でしたね。 新成人の皆様おめでとうございます。 予想していたのとは違うお式となり様々感情が交差したのではと想像いたします。でも「おめでとうございます」を心で叫び、ほっこりと梅を眺めておりました♪ 成人といえば、お酒が飲めるようになりますね。きっとね楽しみにされていた親御様も多いかと思います♡私のその一人でした(*´ 艸`) きっと自由と責任の範囲が広がる境が「成人」なのでしょうね。私 […]

新年の便りに思わず毒系譜を作成した件

さぁ、2021年がスタートしましたね。 年末年始を、毒親育ちがゆえ諸事情を抱えざるを得ない新年を迎えた方もいらしたかと思いますが、どうぞ疲れた時は、心身を大切になさってくださいね(涙)。 私は、年末年始に毒親からのアクションである「ポストイン」もなく、ほっと心穏やかに、新年を迎えることができました。 よろしければ毒親からのアクションの一つ、ポストインもご覧くださいませ⬇︎ 絶縁から半 […]

2020年は毒親との関係を俯瞰でみた年だ

2020年もあと少しで終わりますね 新年がやってきますね。 今年は初めてブログを開設した年でありました。ご覧くださり本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。 昨年末、ふと突然に「悪性腹膜中皮腫」という「アスベスト暴露」による「希少がん」患者である私を、ようやく飲み込めた『実感』がやってきたのが開設のきっかけだった。 毒親である母に、癌患者それも希少がんであり、長期生存が難しいであろ […]

毒を持つ母は一体誰の味方なの?

私は過去毒兄に 肉体的性的暴力を受けた被害者である。しかしながら、記憶は私の脳内で頑丈にロックをかけ奥深くにひっそりと隠すように置かれていたのだ。 そう、私自身その記憶が全くないと疑わない程、慎重かつ丁寧に仕舞われていた嫌悪の塊でしかない記憶。(家族が元通りになるのは不可能な毒) 兄の暴力については記憶があった。包丁を向けられ、首を絞められ、殴られた「死を感じる恐怖」。 だが性的暴力についていは一 […]

夢を見るんだ最近、幸せな悪夢をさ。

毒親に関して一つの区切りがついた、 私の心がそう感じたのは、下の子が18歳となる2020年12月そう今月の話。 正々堂々、毒親から心が解放される予感♯壱 正々堂々、毒親から心が解放される予感♯弐 人生の問題で考えるなら約半世紀、子育てならば20年ちょい、癌患者としてなら8年ちょい、絶縁してからなら4年強、長いのか短いのかは、まだよくわからない。 だけど、人生の「私の役目」の大きな大きな役をやり終え […]

機能不全家族に生まれ育つというリアル

機能不全家族に生まれ育つというリアル 機能不全家族という言葉も毒親という言葉も知らなかった子供時代。それでも私は小学生の頃には親に対し理不尽を感じ、怒りを胸に溜め、日々母の感情の爆発に怯え生きていた。 叱られる基準が「毒親の感情まかせ」という事に気づき始めていた。そしてゲンコツという当時の「しつけの範囲」では済まない暴力だという事も。 母は私の事を「癇癪持ち」で 「堪え性がない」子供と表現した。 […]

正々堂々、毒親から心が解放される予感

私は毒親育ちで癌患者で複雑性PTSDでもある 2012年春以降の私は、通院が生活の一部となり現在に至る。 希少がんである「悪性腹膜中皮腫」に関しては、治療ではなく横隔膜に残る腫瘍のサイズ確認のため通院。 初めは夜寝られないと主治医に話したところ、希少がんに罹患した事による「不安」「睡眠障害」では?と。そうだなと感じ心療内科に通院していた。 元々母に不信感と理不尽を感じ、 不満と怒りを胸に思春期を乗 […]

わかるよ?母も毒親育ちだから毒母になった事はね。

母の実母は毒母、それもかなり猛毒な、 私の母親は紛れもなく「毒親」であり「毒母」である。 この結論に至るまで、私は人生のほとんどを費やしたから、答えに迷いも罪悪感もなく、澄み切った心で「間違いなく毒親だ」と言い切れる。 父と母と兄を「毒父・毒母・毒兄」だと、 私自身が認めるまでには、相当の葛藤と苦しみがあった。だって「親」なんだもん。生きるためのノウハウを教わる最初の「先生」よ? 間違っているのは […]

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