毒親

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服の話の続きを

母は食い道楽ならぬ、着道楽であった。とにかく服が大好きで、「本物」を追求する人であった。ヨーロッパの洋食器や陶器の人形を集めていた。 母が新婚旅行に着ていたスーツは、刺繍にビーズがあしらわれ、モノクロでも上質なものとわかった。 好きというだけあって 母の目は高く、選ぶものはどれも品があり、それでいて、はかなげな可愛らしさを持ち合わせている、なんとも乙女心をくすぐるものばかりだった。 母自慢の陶器の […]

暗黒時代の真っ只中

思い返しても暗黒時代でしかない 曖昧で、薄ぼんやりとした、小学校高学年〜中学の記憶。特に「あの家」での記憶全般。 誰かがイライラしては、怒鳴る毎日 家庭内の空気は「どす黒い感情」がそこかしこに転がる日常。もはや家族全員が常に戦闘態勢、「笑顔」「安心感」などは微塵もなく、 なのに夢のような未来を語る母 機嫌の良いときは、楽しそうに「未来の家族」について語るのだ。兄は有名大学にはいり、私は女子大か音大 […]

だんだん追い詰められる私の心

引っ越して追い詰められていく私 知り合いが1人もいない見知らぬ土地へ引越しをし、家族全員が新しい環境に慣れるべく、各々のフィールドで頑張っていた。 環境の変化に家族全員が四苦八苦 父母は、共に生まれ育った土地から遠く離れた団地で、乳幼児を育てることを余儀なくされ、少し慣れて人の輪が広がってきた時に、さらにそこを離れたのだ。 父母が二人で戸建て購入を決めたのだが、その選択は、またもや知り合いのいない […]

母の毒っぷりの加速と、解毒、解放へのはじめの一歩

母の毒っぷりの加速は「あの家」からだった 失敗だったと思う、引越し 私が10歳の頃、山間部の頂を開発した、新興住宅街に家を購入した。庭付き一戸建。(※中古住宅であることが後の結婚後の私への母の嫉妬に繋がることをちょとっこ覚えていてね※) 兄は中1、私は小3だった。学年のキリの良い新学期に、我が家は団地よりはるか田舎に居を構えた。 今思い返してもてもあれは失敗だったと思う。 街には、幼稚園〜中学は一 […]

無償の愛とは一体何だろう

無償の愛について考える 団地に住んでいた頃 家は一階で、ベランダから庭に降りれる階段があり、団地内の広場へ行き来ができる造りになっていた。兄が幼稚園に通い始め、母にもママ友が出来、遊び友達もできた。 服編で述べた、双子コーデのお友達も兄の幼稚園を通じてお友達になったのだ。 双子コーデのお友達 彼女はクオーターで、大きな英国犬を飼い、映画のセットのような、花柄の壁紙、洋風の家具、洒落たティーカップ、 […]

一番古い怒られた記憶

一番古い記憶は暗くて狭いトイレ 多分、あれは3歳頃だったと思う。 お箸の持ち方で怒られ、手を叩かれ、父に担がれ、電気の消えたトイレに閉じ込められた。暗くて狭くて、怒られた原因のお箸を握っている私の記憶。 集合住宅に住んでいたので、玄関から一歩出ると微笑ましい家族に見えてただろうけれど、家の中では、いつ父の、母の、怒りのスイッチが入って矛先が兄や私に向かうのか、その法則が分からなかった。 いつも何で […]

デジタル遺産として子どもに遺したい

ブログ開設きっかけは子ども このブログを開設したきっかけについて書いておきますね。 現在子ども②は私が「がん患者」である事を知りません。 いつか子ども①②が成長し、 あの時母は何を思い生きていのだろう?と思う日が来るかもしれない。子ども①には「がん」である事しか伝えておらず、治療の選択等の詳細は伝えていないから、知りたくなる日がくるかもしれない。その時に私が生きている保証は無い。 子ども①②に、父 […]

家から一歩も出られなくなった

そう家から一歩も出られなくなる がん拠点病院へ診察をお願いする運びとなって程なく、私は家から一歩の出ることができなくなってしまった。 ずっとリビングにあるパソコンに泣きながら向かい、ひたすら「中皮腫 腹膜中皮腫 余命 予後」等のワード検索をし続けた。情報が少なすぎて、論文まで読んでみた。 2012年、ブログを開設している中皮腫の方はさほど多くなく、開設していても更新されていない、もしくはご家族が代 […]

娘が、がんと知った時、母は「私の老後がなくなったのね」と言った

娘が「がん」とわかり母は私の老後がなくなったのね そう、毒母は間違いなくそう言った。 ん? 私が代わってあげたいとか、私の心や体調を心配するより前に、母自身の「老後の不安」が真っ先に口に出るの? くう、かなりの毒親っぷりで気が遠くなりそう… でもその時の私は「共依存」であり「洗脳」状態だったから、母の期待に添えない自分が不甲斐なく、母に申し訳なく思った。何なら私がいなくなった後の母の悲しみを先に想 […]

おかしいなあと思った診察の順番

そう、前回書いたが、2012年4月12日 14時頃 診察予約表に記された日時。 なかなか呼ばれない診察の順番 産婦人科なので、診察待合室はたくさんの母子、もしくは、女性でいっぱいだった。 16時になっても呼ばれず、一度看護師さんに確認に行くと「うん、予約はちゃんと入っているから安心してね。まっててね」というので、今日は混んでるのかと思い椅子に戻る。 でも後から入ってくる人が先に呼ばれるし、17時に […]

希少がん告知を受けるその瞬間まで

術後、退院まで順調に回復し、日程通りの退院となりました。 腹腔鏡手術は回復が早いとはいえ 内臓を切る経験が初めてなので、「痛みが少ないですよ」「回復も早くて楽ですよ」と言われても、私の比較対象は出産と、真横に生えた親知らずを抜いた痛みが過去最高値なのでよくわからない(でもって私は痛みの記憶をけろっと忘れているのでね)。 よって私の比較対象は当てにならず…、痛みはもちろんあるし、シャワー浴びるのも小 […]

毒親編はじめます

毒親というパワーワード 毒親と聞くと、暴力ネグレクト等の肉体的虐待事件のような、ニュースで目にする事件関連を思い浮かべる人も、まだまだ多いのではないでしょうか。 ニュースになる事件の場合、親を「毒親」と呼んでも、納得してもらえる言葉だと思います。 しかし、目に見える肉体的虐待を受けていない場合、人に両親の事を「毒親」と呼び話すのは気が引ける自分がいるのも事実です。パワーワードかなぁと… 父母を毒親 […]

その頃のファッション

母はなかなかのお洒落さんでした 当時のどかな田園のなかで、母はお洒落なママさんでした。 ミシンも得意で、よく洋服を作ってくれました。売ってないけど、こんなのが欲しい、とお願いすると、生地を一緒に選んで、好みの服をさくっと作ってくれました。 覚えているのは、キティちゃん柄のフレアスカート(広げると360度になる、くるくる回りたくなるやつ)! あと、家庭科で使うエプロン・三角巾・入れるバック、これをキ […]

物心ついたあたりを書いてみる

私はもともと、一つの物事に没頭しやすいタチであった。 大好きだったリカちゃん人形 たとえば、リカちゃん人形の洋服が何着か増えてくると、ハンガーが足りなくなる。針金をワイヤーで曲げ、お人形用のベビーカーに紐を通し、お人形さんが寝るスペースに、リカちゃんのお洋服を全部つるしマイクローゼットを自作し、洋服の種類別に並べて、眺めてニヤニヤしていた。 いずみちゃん(リカちゃんのお友達)の髪をセルフカットした […]

毒親育ちmochi、ブログはじめました

はじめまして、毒親育ちmochiと申します。 ブログはじめました。 ・毒親に絶縁を宣言し、解放され解毒にいたるまで経緯 ・機能不全家族に産まれ、父母に長年の精神的肉体的虐待、兄による性暴力により、複雑性PTSDと診断され治療中 ・がん患者(悪性腹膜中皮腫・希少がん)患者でもあります これらを軸に、ブログに綴ってみたいと思っております。 不慣れで読みづらいかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたし […]

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