複雑性PTSD

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絶縁通知書(全文)

絶縁通知書(全文) ○はじめに 2017年3月、父母へ絶縁を通知しております。 2018年3月、「診断書のコピー」を、夫が父母に手渡した際、再度「絶縁」の意志を伝えております。 ○送付先 父(梅二夫) 母(梅二) 兄(梅二長男・海外住所) 桃四・松一妻 竹三妻 松一長女 松一次女 竹三長女(以上9名)となります。 【表記について】  ○父(梅二夫)○母(梅二)○兄(梅二長男)○私(通知人・毒親育ち […]

毒父とすれ違い解毒加減を知った

一昨日、父と街ですれ違った。 車一台がやっと通れる幅の道路、互いに「あっ」とわかってしまうのはDNAのなせる技なのだろうか。一本道、父が向こうからやってくる、父も私も「一人」だ。 以前オットが絶縁を宣言しに実家に行った帰りの際(毒親との決別は、苦渋の決断だ)、父はオットを玄関外まで送った時に「やっぱり、原因は母さんか?」と聞いたそう。オットは「はい」と答えたという。 その話をオットが帰ってきて聞か […]

解毒途中の私勝手な持論、届くといいな

昨日は成人の日でしたね。 新成人の皆様おめでとうございます。 予想していたのとは違うお式となり様々感情が交差したのではと想像いたします。でも「おめでとうございます」を心で叫び、ほっこりと梅を眺めておりました♪ 成人といえば、お酒が飲めるようになりますね。きっとね楽しみにされていた親御様も多いかと思います♡私のその一人でした(*´ 艸`) きっと自由と責任の範囲が広がる境が「成人」なのでしょうね。私 […]

新年の便りに思わず毒系譜を作成した件

さぁ、2021年がスタートしましたね。 年末年始を、毒親育ちがゆえ諸事情を抱えざるを得ない新年を迎えた方もいらしたかと思いますが、どうぞ疲れた時は、心身を大切になさってくださいね(涙)。 私は、年末年始に毒親からのアクションである「ポストイン」もなく、ほっと心穏やかに、新年を迎えることができました。 よろしければ毒親からのアクションの一つ、ポストインもご覧くださいませ⬇︎ 絶縁から半 […]

正々堂々、毒親から心が解放される予感

私は毒親育ちで癌患者で複雑性PTSDでもある 2012年春以降の私は、通院が生活の一部となり現在に至る。 希少がんである「悪性腹膜中皮腫」に関しては、治療ではなく横隔膜に残る腫瘍のサイズ確認のため通院。 初めは夜寝られないと主治医に話したところ、希少がんに罹患した事による「不安」「睡眠障害」では?と。そうだなと感じ心療内科に通院していた。 元々母に不信感と理不尽を感じ、 不満と怒りを胸に思春期を乗 […]

わかるよ?母も毒親育ちだから毒母になった事はね。

母の実母は毒母、それもかなり猛毒な、 私の母親は紛れもなく「毒親」であり「毒母」である。 この結論に至るまで、私は人生のほとんどを費やしたから、答えに迷いも罪悪感もなく、澄み切った心で「間違いなく毒親だ」と言い切れる。 父と母と兄を「毒父・毒母・毒兄」だと、 私自身が認めるまでには、相当の葛藤と苦しみがあった。だって「親」なんだもん。生きるためのノウハウを教わる最初の「先生」よ? 間違っているのは […]

楽しい記憶は辛さと繋がる。毒家族とはそういうもの

いとこと私は似た気質の毒家族で育った いとこと話をしていた。 毒母が唯一今も付き合いのある親戚(松一長女)、そして私が唯一付き合いのあるいとこ(松一次女)。この二人は毒母の実兄(松一)の長女と次女だ。 ※母は四兄弟に関して綴る時、長男(松一)母(梅二)、次男(竹三)、次女(桃四)と表記する事があります※ もしよろしければ過去の関連投稿↓もご覧くださいませ。 因果応報、毒親は良い結果を生まない 毒か […]

虐待と苦悩と緊張の走る毒家庭

家族間に緊張の走る毒家庭 私は機能不全家族に育ち、家族間には常に「毒親が発火」するのではという緊張が漂い、叩かれないよう、延々叱られる時間が始まらないよう、血が滲むほど殴られないようにと、不安と不満を心に押込め、場を和ませるピエロ役を買って出ていた。 私の役割は、 母を褒めて機嫌を保つ 進んで家事を手伝い母の機嫌を保つ 頑張って習い後の練習をし母の機嫌を保つ 父と母が喧嘩しそうになると間に入りなだ […]

毒親の盛りの良い恥ずかし話

私は機能不全家族に育ち、 一般的な常識とされる知識を毒親から教わり育った。 毒親育ちの方ならお分かりだろうが、毒親なのだ、知識には偏りがあり矛盾が生じ、矛盾を素朴な疑問として問いかけても、「世間とはそういうものだ」という、なんだかよくわからない回答で納得させられ、「これ以上聞くなよ」オーラで会話が終了してしまう。 したがって、いろいろ勘違い(知識の偏りという意味で)をしたまま育ってしまい、大きくな […]

毒親と絶縁に至る私、絶縁後の毒親の反応は。

毒親と絶縁に至る私、絶縁後の毒親の反応 絶縁したのが2017年3月末、だから今年は丸3年と4ヶ月と数日経ちました。 身も心も嘘のように軽やかになり、心は曇りなく晴々と、そして誰からも責められる事なく自分で決断する自由さを知り、現在に至ります。 毒親と絶縁に至った私ですが、居住地は実家と目と鼻の先。結婚が二十代、絶縁が四十代。結婚当時はまさか親と絶縁すると思っていなかったので(笑) 両親と私たちは住 […]

口火はいつだって母、毒母が苛立たなければ争いは起きない

毒母が苛立たなければ争いは起きない お盆がやってきますね、日の並びによっては少ししかないお盆休み。 実家は関東、七月がお盆なのでお坊さんは七月に来ていました。そして家族で巡る恒例のお墓参りも七月、なので迎え火と送り火は本来は七月なのだ。 で・も・ね、お察しの通り八月も行くんです、お墓へ。あ、ちなみに私はお墓参りが苦手です。お盆の最中大渋滞の中、海へ山へ行くだろう荷物を乗せた車に混じり、イライラして […]

毒親と絶縁の一歩目と頭金というしがらみと

毒親と絶縁の一歩目を探していた 毒親との関係に悩んでいた頃、いきなり絶縁とはいかないけれど「一歩目」を踏み出せるかどうか、可能性について考えることが多々あった。 やはり「頭金」を一括返済し「引っ越す」事しか浮かばなかった。この発想がすでに洗脳から解けていない事は今なら嫌と言うほどわかるのだが、あの当時は頭金を返さなければ「自由に引っ越す権利は私に無い」と本気で思っていた。 絶縁したいけれど頭金とい […]

絶縁は心の断捨離、思考回路が変わったよ

毒親と絶縁して4年目、心の断捨離だった 母の傍若無人ぶりは予測がつかず、墓守として孫(私の子供)を養子にしたいなど、なかなかな角度から理不尽かつこれが正しいという自信に満ちた無理難題を私に押し付け、我を通そうしては、度々大きな喧嘩に発展し「冷却期間」を設け、私が許すという不毛なプチ絶縁は何度かあった。 だが決定的だったのは、「もう絶対に無理」なことを母が電話で提案してきて、私が怒りに震えNOと言っ […]

暴力としか言い表したくない毒親の記憶

毒親の暴力の記憶がフラッシュバックする 毒親の放つ心えぐられる言葉や、痛みや、悔しさはやるせなく、でも「思い出しても何の特にもならない記憶」なのに、突然蘇るから困ってしまう。 複雑性PTSDと診断を受け治療をしている。阻害薬を飲み始めてからかなり楽になった。 過去を思い出しちゃったから「今不安になっているんだ」と私が理解できるようになったから、そして不安になるのは過去が辛かったからなんだ、それを知 […]

屈託なく生きるはずの子ども時代は私の心身の傷跡

私の心身の傷跡である複雑性PTSD 落ち着いたかな?もう平気かな?そんな風にすっきりウキウキ晴れやかな日もあれば、蘇る黒さが心の真ん中にモヤリンと鎮座してどいてくれない日もあるのだ。 癌細胞と同じで、私が頑張れば、はたまた努力や修行を重ねれば消え去るものではない。 私にできることは、叩いても亡霊のようにしつこく心のドアを無神経に開けてくる「黒」を、再び叩き焼き尽くす作業を繰り返すという「対処」しか […]

毒親の記憶に再び傷つくのはごめんだ

機能不全家族、毒親育ちの 自分の過去をつらつらと綴っているが、この作業は決して過去を未だ「根に持ち」「親を恨んでいる」という現在進行形の気持ちを吐き出しているわけではない。 「毒親と絶縁し自由を手に入れた」事実と、なぜ親を毒親と認識するに至ったか記憶の整理整頓がしたいのだ。 毒親だと認識するまで、 窮屈に思う日も絶望を感じる日もあるが、それでも親子の仲はいい方だと思っていた洗脳による誤った記憶。私 […]

毒親との終わらないループを切った話

毒親育ちなんだなぁ、 そう感じる日もあるけれど、でもやっぱり実家という家族から離れた事は正解だったと実感する日の方が遥かに多くて、あの時頑張った「私よえらい」と褒めてあげています。 永遠に終わらない負のループをぶった切り、親子の縁を切った私。 母の言う血の繋がりなど、心が繋がっていなければ、いくら持ち出したところであっさり切れてしまうものなのだ。 でもね「親」なのだ。 生まれて初めて本能のまま身を […]

複雑性PTSDになるほどの毒親という家族

毒親育ともう一つのブログ 【楽していこう|悪性腹膜中皮腫と沼】で綴った記事ですが、毒親に対して、私の人生に対する考えとリンクする部分があり、もしよろしければこちらもご覧いただけたら嬉しいです。↓ 生きる孤独、繋がる心、玄関のドアを開けるために 長年、毒親である家族が 重い存在であり、気を遣う対象で、そして贈り物というプレッシャーと諭吉絡みの忖度をしながら、なんとか付き合ってきました。期間で言うなら […]

毒家族とは永遠にさようなら

ここ数日、手負いの動物のように 森の奥で一人耐えるイメージで「黒い塊」が薄くなるのをじっと待っていました。ふふふ、薄まりました。ホッと一息。 ふと全く気がつかなかった事に気がついて笑ってしまいました。 兄もまた「毒親を捨てていた事実」 縁を切ったわけではないけど、スマホもスカイプも使わない両親は有料でしか兄と話せない。だから話したとしても基本けちな母は5分くらいで電話を切る。 父とはメールでやりと […]

毒親を傷つけない言葉を選ぶ嘘の私

さてさて今宵も毒親である父の、 記憶がじわりじわりと染み出しております。困りますねぇ、でも仕方ありませんね、とろりと出てくるのは止められません。 度々書いていますが、私は毒兄の記憶をすっかりパンドラの箱に詰め込んでいたので、毒兄ではなく「兄」と思って30半ばまで生きていました。どこかしこに母へ嫌悪を示したようですが自覚はありませんでした。(よろしければこちらもどうぞ↓) パンドラの箱の中身が開いた […]

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