がん患者

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解毒はすすむよ、どんどんと♪

絶縁を告げた直後は 毒親が怒鳴り込みにくるかもしれない恐怖に怯えてた。 恐怖心は2年くらいかけて薄れた。 漠然とした不安感は図太く残り、考えては気持ちが持っていかれる日常を打破したくてモンモン考えてた。 (mochi絶縁まとめ(最期の手紙から半年後)) 私と向きあってみる? 兄による性暴力の記憶も、父母の心えぐる言葉も、理不尽も、ごちゃまぜに「機能不全家族」の棚に押し込んでいたから、ちゃんと向き合 […]

mochi絶縁まとめ(最期の手紙から半年後)

最期の手紙、までのまとめ 絶縁状を送付後2ヶ月、反応はなかったので、 家族間で解決できず親族を巻き込んでしまった事 仲良くしてくれた親族へ感謝の気持ち 皆の健康と幸せを願っている事 父母兄に私の気持ちを述べ 今後皆へ連絡をとらない事 毒親に、巻き込んでしまった親族へ、そして私自身に、絶縁に至る私の長い戦いに終止符を打つべく「区切り」の手紙を送りました。(毒親よ、さようなら、どうぞお元気で!(最期の […]

絶縁通知書(全文)

絶縁通知書(全文) ○はじめに 2017年3月、父母へ絶縁を通知しております。 2018年3月、「診断書のコピー」を、夫が父母に手渡した際、再度「絶縁」の意志を伝えております。 ○送付先 父(梅二夫) 母(梅二) 兄(梅二長男・海外住所) 桃四・松一妻 竹三妻 松一長女 松一次女 竹三長女(以上9名)となります。 【表記について】  ○父(梅二夫)○母(梅二)○兄(梅二長男)○私(通知人・毒親育ち […]

絶縁通知書

絶縁通知書を書留で送付しました 2022年3月3日に、内容証明にて絶縁状を、 書留郵便にて、内容証明の文字数では伝えきれなかった絶縁に至った詳細の説明である「絶縁通知書」を郵送しました。 実際に送付した文書のデータです↓ 毒親と親族と父実弟へ 送付範囲は、父・母・兄・桃四・松一妻・竹三妻・松一長女・松一次女・竹三長女・父実弟+警察署へ提出分と私保管分、全部で12冊、作成しました。 ※父と母、松一妻 […]

絶縁状(内容証明)を毒親・親族へ郵送

内容証明郵便にて絶縁状を郵送 親子の縁を切る法律は存在しないそうです。 ですが今回「内容証明郵便」にて上記の「絶縁状」を作成し送付しました。(ちなみに以前準備したものは破棄し新規作成しました) 郵送範囲は下記、父母兄・両親の親族です。 父(梅二夫) 母(梅二) 兄(梅二長男)→国際書留、まだ未達 父実弟 →書留 桃四 松一妻 竹三妻 松一長女 松一次女 竹三長女 →竹三妻に託す 警察署(提出) な […]

私の存在を消し、親戚付き合いを再会した毒母

今までの経緯は↓こんな感じ 今年、2022年の春で絶縁から丸5年、そして6年目へ入る。同じく春には悪性腹膜中皮腫(希少がん)と告知されてから丸10年、11年目を生きられる…ハズ…うん、その予定である。そして余命から7年過ぎた。 とはいっても、私の体内に取りきれなかった悪性腫瘍が今もなお存在しているので、がん拠点病院に通院している。 絶縁後の毒親はね 数回は私たちにコンタクト(多分現金が入った手紙っ […]

絶縁から半年後、毒母の手紙がポストにインしてた

「絶縁」を叩きつけた後 次に襲って感情は「罪悪感」だった。 毒父、毒母、毒兄、の3人が、私の「トラウマ」について、傘寿で帰国した時に、話し合ったのか、 それ以前に、悪性腹膜中皮腫(あくせい ふくまく ちゅうひしゅ)という希少がんだということを、兄が知っているのかさえ私は知らない。 最後に兄と会話したのは、「トラウマ」の事実確認の時だから、10年ほど前?顔を合わせたのは…うーん、多分15年くらい前が […]

毒親と決別を決めた日

長い間、自己を否定され続けてきた私は 何をするにも心の物差しが全て「母」だった。普通の家庭に育った人には到底理解できないであろう。 アラフォーの、もう立派な大人が、服1枚選ぶのにさえ「母が気に入りそう」な服を探してしまうのだ。 なぜそうなるのか、答えは簡単、「母の物差し」からはみ出たものを身に纏っていると、必ず「あら、珍しいわね、でもその色あなたに似合わないわよ」と恐ろしく出来の良い精度で返ってく […]

母を父を、毒親と呼ぶ切なさ

好んで、父母を毒親と呼んでいるわけではないが 私の育った環境は、反撃できないと分かっている弱い子どもをターゲットにする悪質な「いじめ」が、家庭内で起きている状態だった。 暴力であろうが、暴言だろうが、無視だろうが、 自力で生きていかれない年齢の子どもに行うのは「虐待」以外の何物でもない過去。 「毒親」「毒父」「毒母」と私が呼ぶのか 幼かろうが、自尊心はある。 しかし「毒親」は子どもが自分の力で手に […]

それでもまた依存先へ戻ってしまう

共依存の状態は厄介なもので 一緒にいるのは窮屈なのだが、離れるのも不安になる。 本当の意味で「独り」で人生を立っていないから、 父母の言う「困った時」に、助けてくれなかったらどうしよう…そんな呪詛に本気で怯えていた。私は母と精神が一体化し、母と私で一人の人間のようになっていた。母から離れるのは精神的に不安で怖くて出来ないと、心底思っていた。 激しい怒りの言葉の暴力を受けてきた経験から 毒母が怒った […]

毒と怒りと悲しさと

毒母の罠にかかった愚かな私 「役に立たない娘」であることに「罪悪感」を感じ、より一層母に寄り添うようになってしまった。それ以外、自分の「罪悪感」を沈める方法が思いつかなかった、完全なる洗脳と共依存の関係。 二人目の子どもが生まれ、つかまり立ちをするかしないか、そんな頃、家を購入しようと夫と話し合っていた。 私たちは水辺のエリアや、公園の近く、そしてなにより無理のない範囲でのローンを組めるような場所 […]

自分の親が毒親、毒母と感じるまでには

圧倒的「理不尽」な教育をされてきたはず。 私はどうやって毒親だと気がついたのか 叱る基準がコロコロ変わる、親の予定を優先しないと、食事やお小遣いなどで締め付ける、毒親家庭で育った人には「あるある」なことだけど、程度の差こそあれ「理不尽」に変わりはない。 毒親は、親の言う事を「気持ちよく聞くふりをする(けど隠し切れてない)我が子」の発する「本心」を敏感に感じ取る。結果、親の言うこと聞いたにも関わらず […]

「役に立たない娘」という呪いの言葉

役に立たない娘 私はその言葉に呪いをかけれてしまった。(ギブ&テイクのシーソー) 何も役に立たないという言葉の呪い 私の後の人生を苦しめ、母の掌から逃れられなくなった呪いの言葉。 結婚後はこの言葉の呪いに従い、実家の近くに住まねば母が悲しむと忖度し、近くに家を借りた。 罪悪感を持ち、役立たずな自分を「挽回」しようと、自ら勝手に母の「寂しさ」を察知した行動。 母の望む「実家の側に住むね」という言葉を […]

ギブ&テイクのシーソー

母はギブ&テイクが必須だった 共依存に浸かりきった母と私。(夢か現か幻か、共依存の救いのなさ) 理不尽な要求をされると今度は私が「癇癪」を起こすようになる。すると不思議なことに、母が私に「気を使う」ようになった。 物欲を巧みに操る母 大人しか来ない父方の親戚の集まり、アウェイで心細い母は、私を連れて参加したい。私は行きたくない。 すると物でつるようになったのだ。私の欲しがっている「洋服」「靴」「カ […]

服の話の続きを

母は着道楽である。とにかく服が大好きで「本物」を追求する人であった。ヨーロッパの洋食器や陶器の人形を集めていた。 母が新婚旅行で着ていたスーツには、綺麗な刺繍にビーズがあしらわれ、モノクロでも上質なものとわかった。 好きというだけあって 母の目は高く、選ぶものはどれも品があり、それでいて、はかなげな可愛らしさを持ち合わせている、なんとも乙女心をくすぐるものばかりだった。 母自慢の陶器のお人形が並ん […]

だんだん追い詰められる私の心

引っ越し、追い詰められていく家庭 知り合いが1人もいない見知らぬ土地へ引越した。(※父母は2度目※兄と私は初めての引越し※) 新しい環境に慣れるべく、各々が自分のフィールドでもがき頑張っていた。 環境の変化に家族全員が四苦八苦 結婚当初、母は父の実家に同居し兄を育てていた。 父の転勤が決まった先は、父母共に生まれ育った土地から遠く離れた知り合いのいない新たな場所だった。そこで乳幼児(兄私)を育て、 […]

デジタル遺産として子どもに遺したい

ブログ開設のきっかけは子どもと私の命 このブログを開設したきっかけは、 毒親と絶縁した 子ども②は「がん患者」である事を知らない 子ども①は「がん患者」であることしか知らない 私の死後、子ども①②と夫が毒親に傷つけらぬよう 起きた事を綴っておきたかった いつか子ども①②が成長した時、 過去、我が家に「大事(がん告知)」が起きていたのは、きっと覚えているだろう。いつか詳細を知りたくなる日がくるかもし […]

家から一歩も出られなくなった

そう家から一歩も出られなくなる がん拠点病院へ診察をお願いする運びとなって程なく、私は家から一歩の出ることができなくなってしまった。 リビングにあるパソコンに泣きながら向かい、ひたすら「中皮腫 腹膜中皮腫 余命 予後」等のワード検索をし続けた。情報が少なすぎて、論文まで読んでみた。 2012年当時、ブログを開設している中皮腫の方はさほど多くなく、開設していても更新されていない、もしくはご家族が代筆 […]

娘が、がんと知った時、母は「私の老後がなくなったのね」と言った

娘が「がん」とわかり母は私の老後がなくなったのね そう、毒母は間違いなくそう言った。 ん? 私が代わってあげたいとか、私の心や体調を心配するより前に、母自身の「老後の不安」が真っ先に口に出るの? くう、かなりの毒親っぷりだ… その時の私は「共依存」で「洗脳」状態だったから、母の期待に添えない自分が不甲斐なく、母に申し訳なく思った。何なら私がいなくなった後の母の悲しみを先に想像してしまったくらいだ。 […]

希少がん告知を受けるその瞬間まで

術後、退院まで順調に回復し、日程通りの退院となりました。 腹腔鏡手術は回復が早いとはいえ 内臓を切る経験が初めてなので、 「痛みが少ないですよ」「回復も早くて楽ですよ」という意味がよくわからなかった(私の過去最高値は、出産と真横に生えた親知らずを抜いた痛み)。 よって私の比較対象は当てにならず…、 痛みはもちろんあるし、シャワー浴びるのも小鹿だし、怖くて傷口見れないし…、基本傷口は見ないように、院 […]