墓守

絶縁は心の断捨離、思考回路が変わったよ

毒親と絶縁して4年目、心の断捨離だった 母の傍若無人ぶりは予測がつかず、墓守として孫(私の子供)を養子にしたいなど、なかなかな角度から理不尽かつこれが正しいという自信に満ちた無理難題を私に押し付け、我を通そうしては、度々大きな喧嘩に発展し「冷却期間」を設け、私が許すという不毛なプチ絶縁は何度かあった。 だが決定的だったのは、「もう絶対に無理」なことを母が電話で提案してきて、私が怒りに震えNOと言っ […]

毒親を傷つけない言葉を選ぶ嘘の私

さてさて今宵も毒親である父の、 記憶がじわりじわりと染み出しております。困りますねぇ、でも仕方ありませんね、とろりと出てくるのは止められません。 度々書いていますが、私は毒兄の記憶をすっかりパンドラの箱に詰め込んでいたので、毒兄ではなく「兄」と思って30半ばまで生きていました。どこかしこに母へ嫌悪を示したようですが自覚はありませんでした。(よろしければこちらもどうぞ↓) パンドラの箱の中身が開いた […]

虐待を乗り越え生きるための武器

生きる意味 普段は気にしないが、ふと考える時が、誰にでもあるのではないだろうか。人は何のために生まれ、生きて死ぬのだろうか、と。本当、ふっとね(笑)。 「死ぬ気になれば何でもできる」 よく聞く言葉。でも、それは「愛」にふれ、自己肯定感の育った人の言う言葉。(あ、毒親は例外ね。彼らはよく言うからね) 世の中には、「死」の方が遥かに楽になれる、酷な現実を生きている人もいる。 そして、生きたい願い、様様 […]

娘が、がんと知った時、母は「私の老後がなくなったのね」と言った

娘が「がん」とわかり母は私の老後がなくなったのね そう、毒母は間違いなくそう言った。 ん? 私が代わってあげたいとか、私の心や体調を心配するより前に、母自身の「老後の不安」が真っ先に口に出るの? くう、かなりの毒親っぷりで気が遠くなりそう… でもその時の私は「共依存」であり「洗脳」状態だったから、母の期待に添えない自分が不甲斐なく、母に申し訳なく思った。何なら私がいなくなった後の母の悲しみを先に想 […]