心療内科

絶縁は心の断捨離、思考回路が変わったよ

毒親と絶縁して4年目、心の断捨離だった 母の傍若無人ぶりは予測がつかず、墓守として孫(私の子供)を養子にしたいなど、なかなかな角度から理不尽かつこれが正しいという自信に満ちた無理難題を私に押し付け、我を通そうしては、度々大きな喧嘩に発展し「冷却期間」を設け、私が許すという不毛なプチ絶縁は何度かあった。 だが決定的だったのは、「もう絶対に無理」なことを母が電話で提案してきて、私が怒りに震えNOと言っ […]

あの人達は以前家族だった加害者

私は機能不全家庭に育った、 いわゆる毒親育ち。複雑性PTSDと診断され治療をはじめて2年が過ぎた。(よろしければこちらをどうぞ↓) 家族が元通りになるのは不可能な毒 日常生活でふと、天候や光景や言葉が発端となってフラッシュバックが起きる。抗不安薬を追加したほうが良い時と、すこし経てば大丈夫そう、その感じが掴めてきた。 振り返ればきっと癌と わかったあたりから心身は限界だったのだろう。けれどあの時は […]

毒親に都合の良い娘はもういない

毒親と今すぐ縁を切れ! 過去に戻って自分をぶん殴りに行きたかった昨日(笑)。だけどそれは現実的ではないから、アイディアを…なにか発想の転換をしなければ。 今はまだ、大学の機能の全てが停止している。だから受験の際に描いていた、校内のコンビニ、学食、ATM、全てが止まった状態で、単身見知らぬ土地へ向かったのだ。 当初思い描いていたのは、 近辺が多少不便でも学内に必要なものが揃っているから「なんとかなる […]

子供からの「贈り物」愛の意味を忘れてはならない

昨年、持ちものを大胆に断捨離した。 部屋の乱れは心の乱れ、と言うが私の部屋もなかなかにジャングル状態だった。 昔は違った。それこそ至って普通に掃除し床に物が散乱などしていなかったし、どちらかと言えば整理整頓が好きだった。 子供たちの学校からのプリントの管理、服も子供がぱっと見て何が入っているかわかるようテプラで貼っていたなぁ。 お知らせのプリント、mochiママに聞いたらすぐ教えてくれる的な感じだ […]

心療内科に実際に持参したメモ記載

私は以前より、別の心療内科に通っていた。 それは、悪性腹膜中皮腫の手術をし退院後から、横隔膜の悪性腫瘍、セカンドオピニオン、抗がん剤の種類、子どもをひっくるめ、将来の事、これらを考えていると眠れない夜が度々あった。 腫瘍内科の先生が、睡眠導入剤を処方してくれた。我慢せず薬の力で「脳を休めるため」に睡眠をとりなさい、と。 夜、睡眠導入剤を飲んで「寝る」ことが可能になっただけで、心も体調も回復が早く、 […]

毒親との決別は、苦渋の決断だ

絶縁宣言から一年経った春の頃 夫の務める会社の代表番号に伝言を3回残した両親。4度目の電話に夫が出た。(絶縁から電話に至るまで、詳しくはこちらからどうぞ↓) 絶縁から半年後、毒母の手紙がポストにインしてた 前置きになるが 絶縁をした「傘寿春の乱」の後、母と2度接触があったことを心療内科の先生に伝えた。(傘寿春の乱、詳しくはこちらからどうぞ↓) 私から毒親を捨てた日 先生曰く、私は「複雑性PTSD」 […]

自分の親が毒親、毒母と感じるまでには

圧倒的「理不尽」な教育をされてきたはず。 私はどうやって毒親だと気がついたのか 叱る基準がコロコロ変わる、親の予定を優先しないと、食事やお小遣いなどで締め付ける、毒親家庭で育った人には「あるある」なことだけど、程度の差こそあれ「理不尽」に変わりはない。 親の言う事を「気持ちよく聞く」けれど隠し切れない、子供の発する「嫌そうな態度」を敏感に感じ取り、親の言うこと聞いたにも関わらず、親に不機嫌になられ […]