機能不全家族

毒母が動いたのは、お正月。

母はせっかちで待てない性分である またこの家系図を使ってみたいと思います(笑)。あ、あと年表も場合によっては更新が必要になるかもしれない…(mochi絶縁年表作ってみました) 毒家族と一切の接触を絶ってからそろそろ5年になる。(私から毒親を捨てた日・絶縁から半年後、毒母の手紙がポストにインしてた) 強気のようでいて本当は臆病な毒母 絶縁を伝え私から連絡は一切せず一年が経った頃、堪えきれず私ではなく […]

家族より自分が一番大事、毒親の本音。

スープの冷めない距離に実家がある我が家。 街で出会ってしまう事は仕方がない。越したとて夫の実家も夫の勤め先も変わらないから、新たな住所を親が知ることは簡単なので、越すメリットは「街で偶然出会わない」くらいしかない。 街ででくわす事に関しては、仕方がないと諦めているし、心が痛まない自分を知ったからいいのだけれど。(街でみかけた母の背中・心細く見送った毒母の背中、過去の健気な私) この1ヶ月ほど、心が […]

機能不全家族に生まれ育つというリアル

機能不全家族に生まれ育つというリアル 機能不全家族という言葉も毒親という言葉も知らなかった子供時代。それでも私は小学生の頃には親に対し理不尽を感じ、怒りを胸に溜め、日々母の感情の爆発に怯え生きていた。 叱られる基準が「毒親の感情まかせ」という事に気づき始めていた。そしてゲンコツという当時の「しつけの範囲」では済まない暴力だという事も。 母は私の事を「癇癪持ち」で 「堪え性がない」子供と表現した。 […]

毒親の盛りの良い恥ずかし話

私は機能不全家族に育ち、 一般的な常識とされる知識を毒親から教わり育った。 毒親育ちの方ならお分かりだろうが、毒親なのだ、知識には偏りがあり矛盾が生じ、矛盾を素朴な疑問として問いかけても、「世間とはそういうものだ」という、なんだかよくわからない回答で納得させられ、「これ以上聞くなよ」オーラで会話が終了してしまう。 したがって、いろいろ勘違い(知識の偏りという意味で)をしたまま育ってしまい、大きくな […]

絶縁状は、心の安寧のためにね

絶縁状は、安寧のために準備 長年機能不全家族に育ち、毒母の考えそうな事はたいてい予測がつく機能がオプション搭載させている私。 母はね、いろんな言葉であれこれ飾っては老後について話を聞かせてきたけれど、要約すると、独りで暮らす老人は惨めである、ホームに入れらるお年寄りよりは子供に捨てられた負け組、だから私はそんな寂しく惨めな老後は絶対に嫌だと思っている。 だからこそ昔から毒兄に「老後は同居と決まって […]

毒親と絶縁に至る私、絶縁後の毒親の反応は。

毒親と絶縁に至る私、絶縁後の毒親の反応 絶縁したのが2017年3月末、だから今年は丸3年と4ヶ月と数日経ちました。 身も心も嘘のように軽やかになり、心は曇りなく晴々と、そして誰からも責められる事なく自分で決断する自由さを知り、現在に至ります。 毒親と絶縁に至った私ですが、居住地は実家と目と鼻の先。結婚が二十代、絶縁が四十代。結婚当時はまさか親と絶縁すると思っていなかったので(笑) 両親と私たちは住 […]

毒親に洗脳されていた実感と異常さ

毒親に洗脳されていた実感 機能不全家族である父・母・兄と絶縁し3年目となる。 絶縁により毒親である両親を、いや母を、悲しませているだろう罪悪感に揺れ動きマックスきつかったのは正味2ヶ月。この山を超えたらつきものが落ちた感じになっていった。 この罪悪感こそが「洗脳」されていた状態、申し訳ないと「思うように洗脳されていた」のだ。 それを実感するのは、私が希少がん(悪性腹膜中皮腫)とがん告知された日、真 […]

毒親との終わらないループを切った話

毒親育ちなんだなぁ、 そう感じる日もあるけれど、でもやっぱり実家という家族から離れた事は正解だったと実感する日の方が遥かに多くて、あの時頑張った「私よえらい」と褒めてあげています。 永遠に終わらない負のループをぶった切り、親子の縁を切った私。 母の言う血の繋がりなど、心が繋がっていなければ、いくら持ち出したところであっさり切れてしまうものなのだ。 でもね「親」なのだ。 生まれて初めて本能のまま身を […]

毒塗れの家が私の世界の全てだった

毒塗れの家が私の世界 ブログの棲み分けがスッキリして自分的にヒジョーに気持ちが良いです(笑)。 ブログを開設したことも、文章を綴ることも初めての経験でして試行錯誤しておりますが、足をお運びくださる方がいてくださりとても嬉しいです。 いつもありがとうございます。 そう私の世界の全てだった機能不全家族 この世のどの家に生まれ落ちるか子供は選べません。 毒親あるあるですが、「親に感謝して当たり前」「お前 […]

毒親の壮大なブーメラン

子供①が別天地で暮らし始め 少し過ぎた。なんとか一人でやっているみたいで、その報告の一つ一つに、いつの間にこんな風にできるようになってたなんて、と発見と驚きと共に、じみじみ嬉しくなる。 そして忘れちゃいけないのが「代わってあげたい」私問題(笑) でもね、お義母さんから「少し、子離れしないと、子供がかわいそうよ。少しづつ離れて、頑張って」と、(よろしければこちらもどうぞ↓) 義母から教わった愛しむ心 […]

毒親と絶縁しても「母の日」付近はしんどい

前回の投稿で触れたが、 私は長年機能不全家族、認知の歪みの中で生きてきた。家族は残念ながら、毒母であり毒父であり毒兄だ。(よろしければこちらもどうぞ↓) 複雑性PTSDという病名 愛されていた、そう自分に魔法をかけていられるうちはそれでも幸せだったのだろう。少なくとも母にとっては。 だが、しょせんはまやかしだ。自我が芽生え、社会に出て、責任を負い、家庭を築く、 時が経つにつれ、何度 母に父に失望し […]

心も部屋も毒母に囲まれていた

やらなかった後悔をするくらいなら、 やってみて失敗した後悔の方がいい。これは本当。 でも…、だって…、と「親」から離れることに、理由をつけては言い訳言葉を口にし、実行に移せないでいた事が、早く行動に移せばよかった悩みだったと知ったから。 毒親と絶縁して3年が過ぎ、 4年目に入った私からすれば、過去の私へ「何をもたもたしているの?サッサと淀んだ場所から出ておいで」そう声をかけてやりたい。 弱音は、折 […]

「解毒」するために私が頑張ったことは何か?

思考を変える。 長年、機能不全家族で育ち、毒親の「思考」を、知らず知らず受け継いでいた私は、どうしても、ファーストインプレッションは「負」から入ってしまう。 それは、人との関わりにも影響があって… 会話している時は楽しいけれど、「本心はこう思っていたのでは?」や、バイバイした後、あの会話はまずかったかな?、と気に病んで、落ち込み、胃が痛くなる。 会いたいけど、別れた後の気持ちの落ち込みが嫌で、会い […]