洗脳

孫と出くわした毒母と、私が絶縁を選択した心

孫と出くわした毒母 一昨日(1/13)、子供②が我が家を出たところ、目の前の道を歩く毒母と目ががっつり合ったらしい( ̄ー ̄ )。 それはね、我が家と実家がめっちゃ近すぎるのが原因なのですが…(街でみかけた母の背中) 内心「やばっ」と思ったそうだが、冷静に気がついてない素振りで、そのまま毒母の前を歩き数メートル先の角を曲がった。 イヤフォンをしていたから、背後から母が子供②に声を掛けたのかどうかはわ […]

毒親に洗脳されていた実感と異常さ

毒親に洗脳されていた実感 機能不全家族である父・母・兄と絶縁し3年目となる。 絶縁により毒親である両親を、いや母を、悲しませているだろう罪悪感に揺れ動きマックスきつかったのは正味2ヶ月。この山を超えたらつきものが落ちた感じになっていった。 この罪悪感こそが「洗脳」されていた状態、申し訳ないと「思うように洗脳されていた」のだ。 それを実感するのは、私が希少癌である悪性腹膜中皮腫と癌告知された日、真っ […]

毒親と絶縁するメリット・デメリット

私が悪性腹膜中皮腫(希少がん)だから 多少なりとも遠慮しているのか、それとも兄弟間での性被害があったっぽいから(あったんだけど認めようとしない両親)、なのか、 それとも絶縁宣言後、私たち家族の態度が剣もほろろだから、自分たちが嫌な思いをしたくないからなのか、 正直なところはわからないが、とりあえず毒親からのコンタクトは今現在はないので平和である。 デメリットから、 夫の家族にも、私の親戚にも、一人 […]

毒親から離れる為に流す血は、解毒の一度きり

毒親の心ない一言に、 何度も、何度も、浴びせられた、酷く醜い言葉たち。それはあげればキリがなく、いつまでも、いくらでも、溢れるように晒すことは可能。 でも、並べる作業は、なるべくなら避けたいとは思っている。十分さらけ出しているかもしれないけれど(笑)。 全てをさらけ出す事が、良いのか悪いのか、自分で線引きが曖昧なうちは、世に放ってはいけないような気がしている。 毒親のように、醜くひどい言葉を並べ立 […]

毒母の脅しの結果、義実家と絶縁

こんな世の中だ、私の最大の後悔 取り戻したくても不可能な罪を残したい。後に何かに役立つかもしれないから。 言い訳は、最後、事実を並べよう。 私はずっと毒親家庭に育ち、 毒母と共依存のまま結婚をした。 母は、夫が長男であること、そして家族が「普通」に仲良しなこと、そして私が義母に懐き、喜び遊びに行っていたこと、これが気に食わなかったのだ。 結納、結婚式、結婚後、ことあるごとに私に「義実家」の「負」の […]

毒と怒りと悲しさと

毒母の罠にかかった愚かな私 「役に立たない娘」であることに「罪悪感」を感じ、より一層母に寄り添うようになってしまった。それ以外、自分の「罪悪感」を沈める方法が思いつかなかったのだ。完全なる洗脳と共依存の関係だ。 二人目の子供が生まれ、つかまり立ちをするかしないか、そんな頃、家を購入しようと夫と話し合っていた。 私たちは水辺のエリアや、公園の近く、そしてなにより無理のない範囲でのローンを組めるような […]

自分の親が毒親、毒母と感じるまでには

圧倒的「理不尽」な教育をされてきたはず。 私はどうやって毒親だと気がついたのか 叱る基準がコロコロ変わる、親の予定を優先しないと、食事やお小遣いなどで締め付ける、毒親家庭で育った人には「あるある」なことだけど、程度の差こそあれ「理不尽」に変わりはない。 言うことを聞いても、隠し切れない子供の発する「嫌そうな態度」を敏感に感じ取り、言うこと聞いたのに、不機嫌になり怒られる、あるいは家庭内で無視という […]

一番古い怒られた記憶

一番古い記憶は暗くて狭いトイレ 多分、それは3歳頃だったと思う。 お箸の持ち方で怒られ、手を叩かれ、父に担がれ、電気の消えてるトイレに閉じ込められたこと。暗くて狭くて、怒られた原因のお箸を握っている私の記憶。 集合住宅に住んでいたので、玄関から一歩出ると微笑ましい家族に見えてただろうけれど、家の中では、いつ父が、いつ母が、怒りのスイッチが入って矛先が兄や私に向かうのか、その法則が分からなかった。 […]

娘が、がんと知った時、母は「私の老後がなくなったのね」と言った

娘が「がん」とわかり母は私の老後がなくなったのね そう、毒母は間違いなくそう言った。 ん?私が代わってあげたい、とか、私の心や体調を心配するより前に、母自身の老後の不安が真っ先に口に出る? くう、かなりの毒親っぷりで気が遠くなりそう…でもね、その時の私は「共依存」であり「洗脳状態」だったから、母の期待に答える事ができない自分が不甲斐なく、母に申し訳なく思った。 我が子である、子供①②と夫に対する申 […]