虐待

毒母が動いたのは、お正月。

母はせっかちで待てない性分である またこの家系図を使ってみたいと思います(笑)。あ、あと年表も場合によっては更新が必要になるかもしれない…(mochi絶縁年表作ってみました) 毒家族と一切の接触を絶ってからそろそろ5年になる。(私から毒親を捨てた日・絶縁から半年後、毒母の手紙がポストにインしてた) 強気のようでいて本当は臆病な毒母 絶縁を伝え私から連絡は一切せず一年が経った頃、堪えきれず私ではなく […]

虐待を乗り越え生きるための武器

生きる意味 普段は気にしないが、ふと考える時が、誰にでもあるのではないだろうか。人は何のために生まれ、生きて死ぬのだろうか、と。本当、ふっとね(笑)。 「死ぬ気になれば何でもできる」 よく聞く言葉。でも、それは「愛」にふれ、自己肯定感の育った人の言う言葉。(あ、毒親は例外ね。彼らはよく言うからね) 世の中には、「死」の方が遥かに楽になれる、酷な現実を生きている人もいる。 そして、生きたい願い、様様 […]

心療内科に実際に持参したメモ記載

私は以前より、別の心療内科に通っていた。 それは、悪性腹膜中皮腫の手術をし退院後から、横隔膜の悪性腫瘍、セカンドオピニオン、抗がん剤の種類、子どもをひっくるめ、将来の事、これらを考えていると眠れない夜が度々あった。 腫瘍内科の先生が、睡眠導入剤を処方してくれた。我慢せず薬の力で「脳を休めるため」に睡眠をとりなさい、と。 夜、睡眠導入剤を飲んで「寝る」ことが可能になっただけで、心も体調も回復が早く、 […]

母を父を、毒親と呼ぶ切なさ

好んで、父母を毒親と呼んでいるわけではないが 私の育った環境は、反撃できないと分かっている弱い子どもをターゲットにする悪質な「いじめ」が、家庭内で起きている状態だった。 暴力であろうが、暴言だろうが、無視だろうが、 自力で生きていかれない年齢の子どもに行うのは「虐待」以外の何物でもない過去。 「毒親」「毒父」「毒母」と私が呼ぶのか 幼かろうが、自尊心はある。 しかし「毒親」は子どもが自分の力で手に […]

一番古い怒られた記憶

一番古い記憶は暗くて狭いトイレ 多分、あれは3歳頃だったと思う。 お箸の持ち方で怒られ、手を叩かれ、父に担がれ、電気の消えたトイレに閉じ込められた。暗くて狭くて、怒られた原因のお箸を握っている私の記憶。 集合住宅に住んでいたので、玄関から一歩出ると微笑ましい家族に見えてただろうけれど、家の中では、いつ父の、母の、怒りのスイッチが入って矛先が兄や私に向かうのか、その法則が分からなかった。 いつも何で […]