フラッシュバックに耐える夜を毒母は知らない
複雑性PTSDに悩む日もある フラッシュバックをやり過ごす数日を送っていた。 「楽して行こう|悪性腹膜中皮腫と沼」にも書いたのだが、癌告知の苦痛の記憶なのか、それとも癌告知の毒母の台詞なのか…あ、どっちも2012年です(笑)。 手強いですね、複雑性PTSD。 とにかく、絶えず激しい不安が襲い続け、抗不安薬ではとても太刀打ちできそうも無いと諦めて頓服を飲んで、なんとか感情の荒波が落ち着くまでしっぽり […]
by 毒親育ちmochi
複雑性PTSDに悩む日もある フラッシュバックをやり過ごす数日を送っていた。 「楽して行こう|悪性腹膜中皮腫と沼」にも書いたのだが、癌告知の苦痛の記憶なのか、それとも癌告知の毒母の台詞なのか…あ、どっちも2012年です(笑)。 手強いですね、複雑性PTSD。 とにかく、絶えず激しい不安が襲い続け、抗不安薬ではとても太刀打ちできそうも無いと諦めて頓服を飲んで、なんとか感情の荒波が落ち着くまでしっぽり […]
私の心身の傷跡である複雑性PTSD 落ち着いたかな?もう平気かな?そんな風にすっきりウキウキ晴れやかな日もあれば、蘇る黒さが心の真ん中にモヤリンと鎮座してどいてくれない日もあるのだ。 癌細胞と同じで、私が頑張れば、はたまた努力や修行を重ねれば消え去るものではない。 私にできることは、叩いても亡霊のようにしつこく心のドアを無神経に開けてくる「黒」を、再び叩き焼き尽くす作業を繰り返すという「対処」しか […]
毒親と今すぐ縁を切れ! 過去に戻って自分をぶん殴りに行きたかった昨日(笑)。だけどそれは現実的ではないから、アイディアを…なにか発想の転換をしなければ。 今はまだ、大学の機能の全てが停止している。だから受験の際に描いていた、校内のコンビニ、学食、ATM、全てが止まった状態で、単身見知らぬ土地へ向かったのだ。 当初思い描いていたのは、 近辺が多少不便でも学内に必要なものが揃っているから「なんとかなる […]
【毒親育ち|楽していこう】へ お立ち寄りくださり、誠にありがとうございます。 毒親と絶縁をし、父の誕生日、母の日、母の誕生日を3回スルーして、のんびりベランダで初夏を感じる、そんな贅沢を味わっておりました。 絶縁をしてしみじみ幸せを 感じるのは、好きな時に好きな事を好きな様にしていい、という「自由」がある事。 日常生活に、イライラ、ネチネチ、ぐちぐち、が無い素晴らしさ。 たったそれだけ? 毒親育ち […]
昨年は10連休。 ふとiPhoneのカメラロールを振り返ってみた。 子供たちは各々友人宅へ泊まりに行ったり、友人と遊び満喫&家族で外食。 私と夫は連日、控えめな酒池肉林の日々を過ごしていたご様子(笑)。 唐揚げ・フライドポテト&飲み放題 980円 案外油がキツくなるのが早いことを知った、ティファニーカフェでの映え写真や、 めちゃくちゃはまっていたQueenの映画、Queenのトレーナーを着た子供② […]
3年前、毒親と絶縁をし、 自己を再構築するなかで、自分を自分らしく生きるために、感情の断捨離をすることにした。(2020年4月から絶縁して4年目になりました♪) 幼少の頃から常に他者の顔色を伺い、勝手に気を使い、勝手に気を回し、勝手に傷つき落ち込む自分、これを一番手放したかった。 急に思考を変えることはできないので、 まずは、自分の「やりたいこと」を優先し、「気が進まないこと」を後回しにするように […]
約半世紀生きてきても、知らない事が多く 日々アップデートしておりますが、結局「知識」が大事、人は「知る」とこで、相手を思いやる「幅」が広がるのだと痛感する。 それは、もしかしたら、私の家庭環境が「まとも」だったら、当たり前に「気づく」事だったかもしれないし、 もしくは、子育ての途中で「がん」にならなければ、わからない気持ちだったかもしれない。 違う人生を生きる事は出来ないので、 比べることは出来な […]
私は以前より、別の心療内科に通っていた。 それは、悪性腹膜中皮腫の手術をし退院後から、横隔膜の悪性腫瘍、セカンドオピニオン、抗がん剤の種類、子どもをひっくるめ、将来の事、これらを考えていると眠れない夜が度々あった。 腫瘍内科の先生が、睡眠導入剤を処方してくれた。我慢せず薬の力で「脳を休めるため」に睡眠をとりなさい、と。 夜、睡眠導入剤を飲んで「寝る」ことが可能になっただけで、心も体調も回復が早く、 […]
毒親の何が辛いか 言うことに一貫性がない、すぐ怒鳴る、喚く、殴る、泣き落とし、あげれば両手両足じゃ足りないほど出てくるが、 その中でも私が嫌だったのが、 自分が言ったこと、自分が行ったこと、これらを全てきれいさっぱり「覚えていない」、それどころか、 美しい親子愛にすり替えて 「え?私がそんな酷いこと言うわけないじゃない」「被害妄想が過ぎるわよ」と、別の物語を、あたかも事実ごとく心底本気で、語るのだ […]