希少がんサバイバー

毒母のようになりたくないとい呪い

私は母と共依存状態である自覚の 無いまま結婚し出産をした。 母とは「喧嘩もするけど仲良し親子」と本気で信じ疑わなかった。 実情は母が常日頃、私に浴びせて続けてきた、 あなたは恵まれているの感謝しなさい 怒らせるあながた悪い あなたが素直なら私は怒らない 理解のある母親で良かったわね 普通の家庭は行かない店に行かれて幸せなのよ 等々の「恵まれている娘」という「洗脳教育」の賜物にすぎず、 20年ほどか […]

毒親と契約と学費と命、天秤で測れる?

悪性腹膜中皮腫と言われてから 心境は常にまな板の上の鯉のような感じだった。 はじめはアスベストという物質がこの世にあること、危険を知っていながら使用していたこと、そこに怒りを覚えた。 その次に襲ってきたのは「絶望」だった。 次に、自分の家庭環境に、毒母に、毒父に、毒兄に、怒りを覚えた。 生きる「望み」を持たなければ楽になる、そう思った。 友達がバセドウ病→膠原病へ。彼女は言う、残りの人生おまけみた […]

複雑性PTSDという病名

毒親の何が辛いか 言うことに一貫性がない、すぐ怒鳴る、喚く、殴る、泣き落とし、あげれば両手両足じゃ足りないほど出てくるが、 その中でも私が嫌だったのが、 自分が言ったこと、自分が行ったこと、これらを全てきれいさっぱり「覚えていない」、それどころか、 美しい親子愛にすり替えて 「え?私がそんな酷いこと言うわけないじゃない」「被害妄想が過ぎるわよ」と、別の物語を、あたかも事実ごとく心底本気で、語るのだ […]

パンドラの箱の中身が開いた、あの日

30代の私は、もうすっかり両親が「毒親」だと理解し、「毒になる親(スーザン・フォワード著)」を読み返し、冷静に、成人が成人に対してとる行動かどうか、これを指針に親を観察していた。 母が毒母になる法則がわかったてきた 例えば、御近所さんが立ち話している横を通ったら会話が止んだ(私の悪口を言ってたに違いない)、親戚の誰かが具合が悪い(お葬式になったら親戚と顔合わせるのが嫌だ)、漠然と不安感がある(母は […]

デジタル遺産として子どもに遺したい

ブログ開設きっかけは子ども このブログを開設したきっかけについて書いておきますね。 現在子ども②は私が「がん患者」である事を知りません。 いつか子ども①②が成長し、 あの時母は何を思い生きていのだろう?と思う日が来るかもしれない。子ども①には「がん」である事しか伝えておらず、治療の選択等の詳細は伝えていないから、知りたくなる日がくるかもしれない。その時に私が生きている保証は無い。 子ども①②に、父 […]

家から一歩も出られなくなった

そう家から一歩も出られなくなる がん拠点病院へ診察をお願いする運びとなって程なく、私は家から一歩の出ることができなくなってしまった。 ずっとリビングにあるパソコンに泣きながら向かい、ひたすら「中皮腫 腹膜中皮腫 余命 予後」等のワード検索をし続けた。情報が少なすぎて、論文まで読んでみた。 2012年、ブログを開設している中皮腫の方はさほど多くなく、開設していても更新されていない、もしくはご家族が代 […]

中皮腫の手術から現在にいたるまでざっと書いてみた

中皮腫の手術から現在まで 2012年 4月16日  総合病院でPET検査を受ける 初めてのPET検査。まず初めに検査薬を点滴する。腫瘍に目印をつける目的だそう。点滴後、個室へと案内される。可愛らしい壁紙とふかふかのリクライニングチェア。動かす部分に検査薬に含まれている糖が集まるので、音楽を聞くのはいいが、スマホや映像をみるのは禁止。1時間ほどそこで、検査薬が体内にめぐるのを待ち、検査をうけるのだ。 […]

おかしいなあと思った診察の順番

そう、前回書いたが、2012年4月12日 14時頃 診察予約表に記された日時。 なかなか呼ばれない診察の順番 産婦人科なので、診察待合室はたくさんの母子、もしくは、女性でいっぱいだった。 16時になっても呼ばれず、一度看護師さんに確認に行くと「うん、予約はちゃんと入っているから安心してね。まっててね」というので、今日は混んでるのかと思い椅子に戻る。 でも後から入ってくる人が先に呼ばれるし、17時に […]

希少がん告知を受けるその瞬間まで

術後、退院まで順調に回復し、日程通りの退院となりました。 腹腔鏡手術は回復が早いとはいえ 内臓を切る経験が初めてなので、「痛みが少ないですよ」「回復も早くて楽ですよ」と言われても、私の比較対象は出産と、真横に生えた親知らずを抜いた痛みが過去最高値なのでよくわからない(でもって私は痛みの記憶をけろっと忘れているのでね)。 よって私の比較対象は当てにならず…、痛みはもちろんあるし、シャワー浴びるのも小 […]

病編はじめます

悪性腹膜中皮腫の発見に至るまで 経過について綴っていきたいと思います。 全ては7年前、母の鼻血から始まった きっかけは、7年前(2012年)の2月の終わり頃 足の付け根上部が、擦れてヒリヒリするなあ…と思った事でした。見ても特に赤くなっているわけではないけれど、でも北風にあたってかさかさになった子供の膝小僧のように、そこだけヒリヒリ。 もともと偏頭痛が酷くて、頭痛と生理痛の時は痛み止め(バファリン […]